高松塚古墳。壁画館と大自然が残る飛鳥公園

高松塚古墳。壁画と美しい公園

数多くの世界遺産が登場する古都奈良。日本の発祥の地ともいえるこの場所では数々の観光スポットが登場します。特に奈良南部の飛鳥地方には日本で最初の朝廷による政権ができたことから非常に奥深い歴史観光スポットが登場するのです。

また、かつての古代の王や豪族たちの威風を示す古墳が存在します。日本の古墳と言えば大阪府堺市にある大仙陵古墳が有名ですが、奈良県にも多数の古墳があり、その代表的な存在の一つが高松塚古墳です。高松塚古墳は壁画で有名な古墳でカラーで着色された人物像の壁画は歴史の教科書でもおなじみです。

また、高松塚古墳がある一体は国営飛鳥歴史公園として整備され、芝生や多数の樹木が生い茂る美しい公園として散策も可能です。今回は飛鳥地方のおススメ観光スポット高松塚古墳をご紹介しましょう。

高松塚古墳

高松塚古墳の回りかた

高松塚古墳は国営飛鳥歴史公園の一部として非常に広い敷地にあります。因みに国営飛鳥歴史公園は厳密にいうと飛鳥の自然や文化遺産の保護を図ることを目的に作られた国立公園で、「高松塚周辺地区」、「石舞台地区」、「甘樫丘地区」、「祝戸地区」、「キトラ古墳周辺地区」の5つのエリアから構成されています。

高松塚古墳は「高松塚周辺地区」にある古墳で、芝生広場や樹木に囲まれた大自然の遊歩道、更には高松塚古墳と壁画館などが見所です。基本的には国道を挟んで二つの区域に分かれており、国営飛鳥歴史公園館がある駐車場スペースに車を止めて、国道を渡って回ります。

全てのエリアは大体1時間から2時間程度で周遊することができます。また、芝生広場などは休憩などにも最適です。

高松塚古墳

高松塚古墳の発掘のきっかけとは

高松塚古墳が国営飛鳥歴史公園として整備されたのは1990年です。国営公園としての開発は1970年代から開始されておりましたが、順次エリア別に開発が行われ、1990年4月にオープンしています。もともと高松塚古墳の発掘調査が行われたのは1972年ごろからで、きっかけはその2年前に村人が生姜を貯蔵しようと穴を掘ったところ穴の奥から古い切石が見つかったのがきっかけです。

それによる奈良県立橿原考古学研究所が発掘調査を開始し、1972年に石室が発見され、同じく有名な色彩色の壁画が発見されました。更にその2年後には国宝に登録されています。古墳そのものは鎌倉時代に盗掘をうけているため、副葬品などが奪い去られていましたが、一部の副葬品と色彩豊かな壁画が残されていたのです。

高松塚古墳

高松塚古墳の歴史

この高松塚古墳の歴史は飛鳥時代、藤原京に都があった時代の古墳と推定されています。埋葬されている人物については正確な特定が出来ていませんが、3つの説があり、天武天皇の皇子である誰かか、もしくは朝廷に仕えた石上麻呂のお墓とする説、更には当時の高句麗からきた王族のお墓とする説に分かれています。

高松塚古墳エリアの見所

さてここからは高松塚古墳エリアの見所をご紹介してまいりましょう。回りかたの部分でもご紹介した通り、高松塚古墳エリアはいくつかのスポットが登場します。

高松塚古墳

この公園の見所のひとつが高松塚古墳です。高松塚古墳は公園の中でも一番最後に登場するスポットです。7世紀末から8世紀初頭にかけて作られた古墳で、2段で作られた円墳です。下の段は直径23メートル、上の段は18メートルとなっており、高さは5メートルです。

この古墳は全体を芝生で覆われており、高台の上に設けられています。この高松塚古墳がある部分からは周囲の飛鳥地方の美しい風景を見ることもでき、周遊ルートの中でもとりわけ綺麗な場所です。

高松塚古墳

高松塚古墳壁画館

高松塚古墳の最大の見所が古墳本体の手前に登場する高松塚古墳壁画館です。高松塚古墳の壁画は現在修復中であり、内部では忠実に作られたレプリカが展示されています。この壁画は国宝に指定されており、高松塚古墳の存在を一躍有名にしたものです。

この壁画は古墳内部の石室の内部に施されていたもので、飛鳥時代の色彩画として大変貴重な存在です。石室の大きさは南北265センチ、東西103センチ、高さが113センチほどの大きさで、大人二人がしゃがんで入れるほどの非常に小さい空間です。壁画は東壁、西壁、北(奥)壁、天井の4面に描かれているもので、漆喰を塗った上に描かれています。

それぞれ4つの壁に人物と朱雀、玄武、白虎、青龍の4つの神が描かれているもので、東壁には男子と女子の群像と青龍が、西壁には男子の群像と白虎が、奥の北壁には玄武が、そして天井には星辰が描かれています。南壁にはかつて朱雀が描かれていたとされますが、盗掘によって失われたとされています。

この中で特に高松塚古墳を象徴とするのが西壁に描かれた女子と男子の群像で16人の人物が描かれている壁画です。この女子群像がよく歴史の教科などにも登場する有名な絵で、「飛鳥美人」のニックネームで知られているのです。この壁画は現在修復作業中です。

当初は温度や湿度の調整や防かび処理などが施され、定期的に点検が行われていましたが、2003年の調査で、雨水の侵入やカビの発生などによって壁画の変色や劣化が見られ、また漆喰の上に描かれていることから、漆喰自体がぜい弱化し、貴重な文化財を残すために修復中です。現在壁画館ではレプリカが展示されています。

高松塚古墳

高松塚古墳壁画館の利用案内

所在地:奈良県高市郡明日香村大字平田439
TEL:高松塚壁画館 0744-54-3340
開館時間:9時30分~17時(入館は16時30分まで)
休館日:12月29日~1月3日
入館料:一般 250円  大学・高校生130円、中学・小学生70円

芝生広場や星宿広場。樹木に覆われた遊歩道

高松塚古墳エリアのもう一つの見所が、芝生広場や星宿広場など、樹木に覆われた遊歩道です。古墳というと、一般的には丘のようなお墓だけを想像しがちですが、ここは公園として整備されていることから、樹木や整備された芝生の広場などの散策が楽しめます。

途中で登場する芝生広場では広大な敷地が芝生で覆われており、くつろぐことや休憩することができます。また散策道を進むと登場するのが星宿広場です。この星宿広場は、壁画に描かれている星宿をモチーフにした広場でこちらでも美しい風景が楽しめます。高松塚古墳自体がある一体は小高い丘になっており、その丘からは昔ながらの飛鳥地方の田園風景が楽しめ優雅なひと時を過ごすことが出来るでしょう。

高松塚古墳

文武天皇陵

高松塚古墳には公園の外に文武天皇陵もあります。高松塚古墳があるちょっと先にあり、天武天皇と持統天皇の孫として大宝律令を公布した天皇として知られています。文武天皇は天武天皇の息子である草壁皇子の長男として生まれました。

父である草壁皇子が若くして皇太子のまま亡くなったため、わずか14歳の若さで即位された天皇です。この文武天皇陵も高松塚古墳や周囲の美しい田園風景と相まって、樹木に覆われた美しい姿をまのあたりにできます。

高松塚古墳

国営飛鳥歴史公園館

高松塚古墳エリアの出発地点にあるのが国営飛鳥歴史公園館です。ここでは飛鳥地方における歴史や史跡などの立体模型など、飛鳥地方の観光が丸わかりの展示が楽しめます。

展示パネルでは史跡や石造物などが見ることができ、ジオラマの立体模型では、各地に存在するさまざまな観光スポットや史跡が一目でわかります。またこちらでは大化の改新や壬申の乱など、飛鳥時代の歴史に関するアニメなども上映しており、観光情報の収集には最適となっています。

高松塚古墳

高松塚古墳へのアクセスと利用案内

高松塚古墳は飛鳥地方の主要観光スポットとして、車でも電車でもアクセス可能です。電車でアクセスする場合には近鉄飛鳥駅から徒歩12分ほど、あるいはバスにのって高松塚のバス亭から徒歩3分ほどでアクセス可能です。近鉄飛鳥駅は橿原神宮駅前から電車で5分、カンデオホテルズ奈良橿原がある大和八木駅からは16分ほどでアクセス可能です。

車で行く場合には、奈良からは約25キロ、40分ほどでアクセス可能です。自転車や電車でのアクセスが一般的ですが、これ以外に飛鳥地方の観光では近鉄橿原神宮駅から近鉄飛鳥駅の間を周遊している赤かめ周遊バスを利用すれば1日フリー乗車券が大人650円、こども330円で利用することができます。

また、飛鳥地方の観光にはレンタサイクルもおすすめです。レンタサイクルでは、橿原神宮駅前の近鉄サンフラワーレンタサイクルや、飛鳥資料館、石舞台古墳前の明日香レンタサイクルなど、さまざまな場所で借りることができます。大自然や田園風景が美しい飛鳥地方の観光を自転車で巡ってみてもいいでしょう。

高松塚古墳の利用案内

所在地:奈良県高市郡明日香村大字平田538
開館時間 :9時30分~17時 ※12月~2月は16時30分 閉館
休館日:12月29日~1月3日
入館料:無料
アクセス:近鉄飛鳥駅から徒歩9分、又はバス停「高松塚」
駐車場:あり

まとめ

高松塚古墳は国営飛鳥歴史公園の1つのエリアとして、さまざまな見所が登場します。特に国宝でもある色彩豊かな壁画はレプリカでも一見の価値ありです。また古墳の周りには公園として芝生広場や樹木生い茂る散策道などが整備されており、天気のいい日には飛鳥地方の美しい田園風景と共に、ゆったりとした散策の時間を楽しむことができます。

古都奈良の中でも飛鳥地方には日本の歴史で最も古い時代の史跡が多数残されており、高松塚古墳はそんな最古の観光スポットの中でも代表的な存在と言えるでしょう。