福禅寺対潮楼

福禅寺対潮楼。江戸時代の迎賓館

広島県第二の都市とされる福山市。岡山県との県境にあり、瀬戸内海に面したこの町の最大の見所が鞆の浦です。瀬戸内海の複雑な地形が織りなす独得の風景は、その沿岸部と共に「鞆公園」として国立公園に指定されています。また、国の名勝にも登録されているのです。

古くから漁港や貿易港として栄え、街並みは港町としての特長が随所に見られます。また、港という物流の拠点は、ものだけではなく同時に“人”も運んでくる場所としても知られます。こうしたことから鞆の浦は、人とモノの中心地として、江戸時代には朝鮮国からの外交使節を迎える拠点ともなったのです。

当時、江戸幕府は鎖国といって海外の国との交わりを一切立っていました。しかし、例外も認められており、古くから関係があった朝鮮国と中国、またオランダとの交易は許されていました。オランダは唯一西洋の国として交易が許されていましたが、その活動範囲は極めて限定的で長崎に設けられていた出島という区域からは出ることはできませんでした。

しかし、朝鮮国は外交使節として室町時代より日本に朝鮮通信使を派遣してきた経緯があります。特に江戸時代に入ってからは、はるか朝鮮国から江戸まで使節が使わされてきました。そんな朝鮮通信使の宿泊施設として設けられていたのが鞆の浦にある福禅寺対潮楼です。

いわば江戸時代の迎賓館ともいえる福禅寺対潮楼は、時の朝鮮通信使が絶賛したほどの美しい風景が味わうことができるのです。本日は福山の景勝地鞆の浦に残る福禅寺対潮楼をご紹介します。

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朝鮮半島から東で一番美しい景色

江戸時代、李氏朝鮮からの外交使節である朝鮮通信使は、合計で12回にもおよび、基本的には将軍就任の祝賀が目的として来日しました。その随行は場合によっては警護のものも含めると2000人近くに上り、大一座だったとこがわかります。

そんな朝鮮通信使たちが江戸までの長い道のりの中、滞在するポイントは決まっていました。その中でも有名な存在が、福山の福禅寺、岡山県の本蓮寺、静岡県の清見寺などがあり、中でも福禅寺から眺める風景が最も美しいとされました。

実際、1711年の朝鮮通信使の従事官、李邦彦が客殿からの眺めを『日東第一形勝』と称賛したことは有名です。この日東第一形勝とは、朝鮮より東で一番美しい景勝地という意味で、瀬戸内海の島々が織りなす独得の風景は、当時からも最高の風景とされていたのです。

そしてこの客殿の名前である「対潮楼」は、1748年に来日した朝鮮通信使の大使、洪啓禧が命名したものでした。

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福禅寺対潮楼の特長と見所

これまでご紹介してきたように、福禅寺対潮楼の最大の見所はその美しい風景にあります。また境内そのものも国の史跡に登録されており、観音像なども福山市の重要文化財に登録されています。

また、福禅寺対潮楼は、朝鮮通信使以外にも歴史的に有名な事件の舞台として使用されました。それが坂本龍馬と紀州藩が争ったいろは丸沈没事件です。ここでは福禅寺対潮楼の見所と特長をご紹介します。

 

福禅寺対潮楼の見所① 仙酔島と弁天島の見える絶景

先にご紹介した通り、福禅寺の客殿である対潮楼からの風景は、朝鮮半島より東で最も美しい景勝地として評されました。その美しい風景は、今でも変わらず残されており、実際に客殿から眺めることが出来るのです。

客殿からは、目の前に瀬戸内海と共にさまざまな島々が広がっており、おそらく当時とは全く変わっていません。目の前にあるのは弁天堂が特長的な小さい島である弁天島と、更にその奥には鞆の浦の見所の一つでもある仙酔島の風景です。

弁天島は上陸することはできませんが、島と島の間にある無人島で、弁天堂がこの美しい風景を特長づけています。また仙酔島は、仙人も酔ってしまうほど美しいといわれた島で、実際に上陸することも可能です。

福禅寺対潮楼からはこの二つの島を中心とした瀬戸内海の風景が目の当たりにできるのです。まさに数百年前に朝鮮通信使たちが眺めた風景を味わえます。

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福禅寺対潮楼の見所② 坂本龍馬ゆかりの地

福禅寺対潮楼のもう一つの見所は、坂本龍馬と海援隊士たちのゆかりの場所という点です。仙酔島や弁天島が見える客殿では、幕末の時期に、海援隊と紀州藩の談判の場として使用されました。坂本龍馬は大政奉還などで活躍した幕末の志士ですが、海援隊という施設海軍兼貿易商社を率いたことでも知られています。

いろは丸事件とは、その海援隊が操船していた大洲藩船籍のいろは丸と、紀州藩が操船する明光丸が追突した鞆の浦沖の海難事故のことで、海援隊のいろは丸は積み荷と共に沈んでしまった事件です。この事故は操船に不慣れな紀州藩側に責任があるとされ、その談判場所として、事故現場からほど近い鞆の浦が選ばれました。

福禅寺対潮楼はそんな事件の談判場所として利用された場所だったのです。結局、国際法である万国公法を手にした坂本龍馬が勝ち紀州藩側は8万両(現在の貨幣価値にして25億円から42億円近く)もの多額の賠償金を支払うことになりました。福禅寺対潮楼はそんな歴史的な舞台としても利用されました。

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福禅寺対潮楼の利用案内

所在地:〒720-0201 福山市鞆町鞆2

TEL:084-982-2705

時間:8時~17時

休館日:なし

料金:大人200円/中高生150円/小学生100円

福禅寺対潮楼の周辺の観光スポット

福禅寺対潮楼の周辺には多数の観光スポットが登場します。鞆の浦には景勝地を象徴する観光スポットが多数存在し、特に福禅寺対潮楼の付近には風景の代表ともいえる仙酔島や、そこにわたるためのいろは丸に実際に乗ることができます。

 

仙酔島。仙人も酔っぱらうほど美しい島

福禅寺対潮楼から眺める風景の代表ともいえる存在が仙酔島です。仙酔島は、福禅寺対潮楼の目の前の港から、わずか5分で上陸することができる島です。目の前の弁天島と共に鞆の浦のシンボルとされ、外周5キロほどの小さな島です。

この仙酔島は基本的には無人島ですが、実は海水浴場やキャンプ場などもある隠れたリゾート地で、他では味わうことが出来ないひと時を味わえます。特に海水浴場は瀬戸内海の海の特長として波が非常に穏やかで小さな島々が織りなす風景を楽しみながら海水浴が楽しめます。

また、仙酔島には海岸沿いの遊歩道も整備されており、その遊歩道では、火山活動によって作られた独得の風景が楽しめます。仙酔島はおよそ9000万年前に火山活動によって作られ、溶けた溶岩岩は、さまざまな色に変化した珍しい姿を目の当たりにすることができます。更に島内は瀬戸内海国立公園に指定されており、山のハイキングなどもできるのです。

いわば瀬戸内海の風景を楽しみながら、アウトドアやレジャーが楽しめる鞆の浦の一大観光スポットといえるでしょう。

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平成いろは丸。仙酔島まで乗船できる

福禅寺対潮楼は、坂本龍馬のいろは丸事件の談判場所となりましたが、すぐ目の前の乗船場からは、平成いろは丸に乗ることができるのです。

平成いろは丸は、鞆の浦から仙酔島までの5分間を運行する船で、坂本龍馬が乗船していたいろは丸をモデルに作られたものです。

平成いろは丸は実際のいろは丸よりも小さく、全長22メートル、19トン、定員99名ほどの船ですが、幕末の時代のレトロな雰囲気がのこる船で、わずか5分間ながらも瀬戸内海の風景を楽しみながらの船旅が味わえます。本数は1時間に3本、料金は往復で大人240円、子供120円です。

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円福寺。こちらも絶景が見れる

福禅寺対潮楼と共に、江戸時代に朝鮮通信使の宿舎として利用された場所が円福寺です。こちらの円福寺は、いろは丸事件の折には紀州藩側の宿泊場所にも利用されました。福禅寺対潮楼から歩いて数分の場所にあり、こちらからも鞆の浦の絶景を目の当たりにすることができます。

福禅寺対潮楼は客殿から風景が楽しめますが、円福寺はお寺の中には入ることができないため、お寺の横から雄大な瀬戸内海の風景が楽しめます。ちなみにこのお寺は戦国時代までは実は島として鞆の浦から離れており、村上水軍の一派である因島村上氏の武将村上亮康の居城、大可島城としてこの地域の拠点だったのです。

その後、現在の鞆の浦歴史民俗資料館に鞆城ができるにおよび、お寺になったのこと。こちらの円福寺も見所の一つです。

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枡屋清右衛門宅。坂本龍馬と海援隊宿泊の場所

いろは丸事件の折、紀州藩側は円福寺に宿泊しましたが、坂本龍馬と海援隊士たちは桝屋清右衛門宅に宿泊しました。こちらの枡屋清右衛門宅も福禅寺対潮楼からは徒歩数分の場所にあります。

枡屋清右衛門は鞆の浦で廻船問屋を営む商人として、坂本龍馬の海援隊とも一緒に商売を行っていました。この枡屋清右衛門宅は一般公開されており、実際に坂本龍馬や海援隊士が隠れていた部屋や、坂本龍馬が家族にあてて書いた手紙なども展示されています。

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枡屋清右衛門宅の利用案内

所在地:〒720-0201 福山市鞆町鞆422番地

TEL:084-982-3788

時間:金曜日から月曜日と祝日の9:00~16:00

定休日:火曜日から木曜日

料金:大人200円/高校生以下100円/小学生未満は無料

鞆の浦歴史民俗資料館

鞆の浦には、多数の絶景スポットが存在します。福禅寺対潮楼の風景は美しい景色が見ることができますが、鞆の浦や瀬戸内海全体を見渡すことができるスポットが鞆の浦歴史民俗資料館です。

鞆の浦歴史民俗資料館は、かつて鞆城といわれたお城で、鞆の浦の一大拠点として戦国時代には足利幕府の最後の将軍足利義昭が毛利家を頼ってこの地に住んでいました。そのため鞆の浦歴史民俗資料館は城跡の雰囲気がある高台に設けられています。

また歴史民俗資料館では、鞆の浦の名物ともいえる巨大な力石があり、歴史的な展示が楽しめます。

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まとめ 

福禅寺対潮楼は、鞆の浦観光の中でも最大の見所スポットとして、ぜひ一度は訪れておきたい場所です。かつての朝鮮通信使たちが絶賛した美しい風景を目の当たりにすることができるでしょう。

また、周辺には鞆の浦を代表する観光スポットが目白押しで、きっと充実した時間を提供してくれることでしょう。