聖福寺、日本最初の禅寺と日本茶発祥の地

聖福寺とは。栄西がもたらした禅と日本茶発祥の地

古来、中国との貿易により、多くの文化を取り入れた日本。その中には世界からも注目され、現代の日本を代表する存在にまで成長したものがあります。そんな日本を代表する存在の一つが日本茶です。

海外からはグリーンティの名称で知られる日本茶は、健康にもよく、日本全国にその産地が広がります。古代に中国から茶葉がもたらされ、日本茶として独自に進化するとともに、安土桃山時代には“わびさび”の文化とともに日本の独得のおもてなしにまで成長しました。

そしてこの“わびさび”の文化の源流ともなっているのが禅です。禅も現代では世界から注目される日本ならではのものですが、もともとは臨済宗として中国から日本に伝えられたものでした。

この臨済宗と日本茶、この二つの日本を代表する存在は、鎌倉時代に日宋貿易によって中国からもたらされたものでした。そしてその二つの存在をもたらしたのが、臨済宗の祖でもある栄西です。栄西は京都のお寺で、観光スポットとしても有名な建仁寺を起こした人物ですが、実は建仁寺よりも早く、臨済宗のお寺を日本に建てました。

それが本日ご紹介する福岡の聖福寺です。聖福寺は日本初の禅寺であると同時に、日本茶発祥の地として知られ、博多の貴重な文化財として知られています。

また、今も残る境内は、日本初の禅寺にふさわしく、静寂な独得の雰囲気が漂います。本日は博多に残る、貴重な禅寺スポット、聖福寺をご紹介します。

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聖福寺へのアクセスと周辺の観光スポット

聖福寺は博多の中心部にあり、JR博多駅から徒歩15分ほどの場所にあります。一番近い最寄駅は、博多駅から地下鉄で一駅の祇園駅にあり、祇園駅からは徒歩6分ほどの場所にあります。

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聖福寺はこちらです

聖福寺の見所とは

さて、いよいよ聖福寺の見所をご紹介したいと思います。聖福寺は冒頭でもご紹介したように、日本の臨済宗の開祖でもある栄西が開設したお寺ですが、さまざまな見所が存在します。ここでは日本初の禅寺である聖福寺の見所を一つ一つご紹介しましょう。

“禅”の雰囲気が満載の広大な境内

聖福寺は典型的な禅寺の伽藍形式をとっています。昔お寺は僧侶が集まって修行する場所でした。そのため俗世間から隔離され、お寺で生活するためのいろいろな施設が建てられていたのです。

伽藍とは、そんな修行の場であるお寺の構造を示す言葉で、特に禅寺では、山門や仏殿、法堂などがある独自の伽藍スタイルがあったのです。聖福寺は日本初の禅寺ということもあり、そんな禅寺ならではの伽藍が見れるのです。

境内は非常に広く、入り口である門をくぐると、池があり雄大な山門が登場します。この境内のもう一つの特長は、多数の保存樹木が立っており、ちょっとした森のような印象を与えます。

巨大なクスノキなどたくさんの樹木に囲まれた境内は、なかなかほかの寺院では見ることができません。また、境内そのものが国の史跡に認定されています。福岡 観光スポット 聖福寺

雄大な山門と無染池

聖福寺の入り口から入ってすぐに登場するのが無染池と雄大な山門です。特に目を引くのが山門で、実はこの山門は明治44年に建造されたものになります。山門には1204年に後鳥羽上皇から贈られた「扶桑最初禅窟」の額が飾られています。

このあたりの雰囲気は、なかなかほかのお寺や神社では感じられない、禅宗独得のもので、一種神韻たる雰囲気が漂います。ちなみに山門とは、他のお寺でも存在するもので、俗世間との境界を示しているものだといいます。

一歩この山門をくぐると、そこは御仏の元で修行に励む場であり、俗世との関わりを断つ存在でもありました。ちなみに、この聖福寺の山門は、幕末の1866年に焼失したもので、1911年明治44年に再建されたものです。福岡 観光スポット 聖福寺

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史跡にも認定されています

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まぢかで見ると迫力があります

日本茶発祥を示す「茶の木」

聖福寺のもう一つの見所としてあげられるのが日本茶発祥を示す「茶の木」です。冒頭でもご紹介した通り、日本茶はここ聖福寺を創建した栄西によってもたらされました。

ちなみに日本茶そのものは奈良時代や平安時代に栄西と同じく学僧たちによってもたらされたとされていますが、今のような喫茶の習慣として日本茶を広めたのが栄西です。栄西は宋に留学した際に、禅宗の寺院でお茶が盛んに飲まれていることから、お茶に関する健康効果などを知り、「喫茶養生記」という専門書まで記しました。

その後帰国した栄西は盛んにお茶を広げる活動を行います。その最大の活動がお茶の栽培です。栄西は中国からお茶の種を持ち帰り、福岡県の隣の佐賀県吉野ヶ里町松隈で茶の栽培を開始しました。この聖福寺で見られるお茶の木は、この日本最初の茶畑ともいえる吉野ヶ里町松隈の石上坊跡から移植されたものです。

ちなみに、日本茶の茶畑は日本全国で作られていますが、その最大のものは静岡県にある牧之原台地で、この牧之原台地にも栄西の銅像が立っています。

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日本茶が伝えられた地でもあります

豊臣秀吉ゆかりの博多塀も見れる

福岡の見所の一つでもある博多塀が、ここ聖福寺でも見ることができます。博多塀とは、戦国時代に豊臣秀吉が荒廃した博多の復興のために作った塀のことです。戦国時代末期、この博多周辺は、大友氏の領土でしたが、九州制覇を目指す島津氏に侵略されつつありました。

大友氏は、当時大阪を本拠に日本統一を目指す豊臣秀吉を頼り、秀吉の九州征伐が行われます。島津氏は圧倒的な大群を誇る豊臣家に幸福し、九州地方の騒乱は落ち着くこととなりました。その際、戦火で荒廃した博多を復興することを、秀吉は博多商人と黒田官兵衛、石田三成などに命じます。

その博多の復興のことを「太閤町割り」といい、当時荒廃していたここ聖福寺も、それによって町割りが決められ復興されました。現在の聖福寺の区画は、その時にできたものがベースになっているといわれています。その際に焼石や焼けた瓦などを塀に盛り込んで新たに塀にしたとされています。

そんな秀吉ゆかりの塀が博多の町では何カ所か見ることができるのです。代表的な存在は日本庭園である楽水園や櫛田神社ですが、ここ聖福寺にも残されているのです。福岡 観光スポット 聖福寺

多数の重要文化財

聖福寺には、境内そのものが史跡に登録されているだけではなく多数の文化財が所蔵されています。重要文化財の仏像だけではなく、高麗時代の朝鮮半島から伝わった銅鐘(現在は黄鐘調に変更されている)、福岡市の指定文化財に登録されている資料など、日本初の禅寺ならではの文化財が残されています。

 

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文化財の一つ梵鐘

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広大です

合わせて見たい、博多の文化とお寺が楽しめる周辺エリア

また、聖福寺の周辺にはさまざまなお寺があり、同じく禅寺である承天寺や、福岡藩藩主であった黒田家の菩提寺である東長寺などがあります。一方、祇園駅を聖福寺や承天寺よりも逆方向、中洲方面に歩いていくと、博多の文化の代表的な存在である祇園山笠が見れる櫛田神社に行くことができます。

櫛田神社も博多に古くから存在する神社で、一大祭りである山笠祭りのスタート地点にもなっています。この櫛田神社の周辺には博多の伝統工芸などが見れる博多伝統工芸館や、博多町家ふるさと館といった、昔ながらの博多の文化を楽しめるスポットもあります。

一方、櫛田神社の隣にも昔ながらの商店街である、博多川端商店街などがあり、散策を楽しめます。櫛田神社は聖福寺からは徒歩12分ほどの場所にあるため、お寺巡りとセットで、櫛田神社周辺の昔ながらの博多を楽しんでもいいでしょう。

このように聖福寺の周辺には祇園駅を中心に、博多の昔ながらの文化や、古き良き町並み、神社仏閣が数多く存在しているため、博多の文化スポットの楽しみを味わえます。ここではその周辺の代表的なスポットを少しご紹介しましょう。

承天寺

承天寺は、聖福寺のすぐ隣にあり、徒歩数分の場所にある禅寺です。聖福寺が日本茶や禅の発祥であったのと同じく、この承天寺は、そば、まんじゅう、博多織、山笠といったものの発祥の地とされています。

聖福寺を作った栄西が、中国からお茶を持ち込んだように、ここ承天寺の開祖である円爾が山笠をお祭りとして生み出し、承天寺の創建を助けた宋の商人謝国明が年越しそばを始めました。

更に円爾と一緒に宋から帰国した満田弥三右衛門が博多織を始めたといわれています。承天寺も聖福寺とセットで見たいおすすめのスポットです。福岡 観光スポット 承天寺 福岡 観光スポット 承天寺 福岡 観光スポット 承天寺 福岡 観光スポット 承天寺

東長寺

聖福寺、承天寺ともに祇園駅からすぐの場所にあるもう一つのお寺が東長寺です。東長寺は、崇福寺とともに福岡藩主であった黒田家の歴代藩主の菩提寺です。

歴代のうち開祖である黒田官兵衛と初代藩主である黒田長政は崇福寺にお墓がありますが、こちらの東長寺では、二代・黒田忠之、三代・黒田光之、八代・黒田治高の墓が見れます。

また東長寺は巨大な五重塔や木造坐像としては日本最大の高さ10.8メートルもある仏像、六角堂などが見ることができます。福岡 観光スポット 東長寺 福岡 観光スポット 東長寺 福岡 観光スポット 東長寺

櫛田神社

祇園駅から、聖福寺とは反対の中洲方面に行った先にあるのが櫛田神社です。櫛田神社は、いわば博多の町の守護神ともいえる神社で、先にも述べた通り、祇園山笠のスタート地点でもあります。

また櫛田神社には巨大な山笠が奉納されており、大迫力の姿をかいま見れるほか、聖福寺でも見られた豊臣秀吉が作ったとされる博多塀が見られます。

 

まとめ 聖福寺とその周辺で博多の文化と歴史を体感

これまでご紹介してきたように、博多は古来から中国や朝鮮半島との貿易の一大拠点でした、当時は貿易だけではなく最先端の文明を学ぶために多くの学僧が留学し、仏教だけではなくそれに付随する多くのものを持ち帰ったといいます。

聖福寺の開祖である栄西が日本茶を広めようと思ったのも、中国の禅寺の習慣からですし、そばやまんじゅうも交易とお寺の建設に協力した商人が広めたものでした。このように、聖福寺周辺を歩くことで、当時の商売や宗教、町づくりが一体となった醍醐味を味わうことができるのです。

大都会博多の、奥深い歴史を是非ご堪能ください。