黒田家歴代のお墓と福岡城の城門が見れる「崇福寺」

黒田家ゆかりのお寺

博多の街には数多くのお寺が立ち並び、街中にさまざまな個性を持つお寺が残されています。特に、博多山笠の発祥ともなり、当時の中国宋から蕎麦やうどん、饅頭の製粉技術を伝えた円爾にゆかりのお寺が多く残っています。本日ご紹介する崇福寺もそのうちの一つ。

創設したのは湛慧ですが、円爾が開堂にあたって演法をおこない、寺の名前を「勅賜萬年崇福禅寺と命名しました。当初は大宰府天満宮の横に建立されていましたが、現在は博多の街に移築されています。そんな崇福寺ですが見所がいっぱい。一番初めに目に付くのが壮大な門ですが、この門自体が福岡城の城門だったものを移築したもの。

さらにはあの有名な黒田官兵衛のお墓まで、一見の価値ありの文化財が多く残されています。もともとは大宰府天満宮の横にあったものを、官兵衛の息子、初代福岡藩主黒田長政が今の場所に移築してから現代に至ります。博多の街からは少し離れた場所に位置していますが、承天寺や聖福寺などとともに博多の自社巡りの一つとして欠かすことができない史跡だと言えるでしょう。

本日はあの黒田家にゆかりのお寺、崇福寺をご紹介します。

崇福寺

崇福寺へのアクセス

崇福寺へのアクセスは徒歩だとかなりの時間がかるため電車か車でのアクセスが一番です。電車でアクセスする場合には地下鉄箱崎線の千代県庁口駅で降りるのが最もスムーズ。千代県庁口駅から崇福寺までは徒歩8分ほど。千代県庁口駅ですが、博多駅からは電車で約8分、中洲川端駅で乗り換えて二駅です。

一方、天神駅からアクセスする場合も同様に地下鉄で中洲川端駅まで行き、そこで乗り換えるという方法です。天神駅からは7分ほどで千代県庁口駅まで行くことができます。カンデオホテオルズ福岡天神カンデオホテルズ ザ・博多テラスからは天神駅から行かれることをオススメします。

崇福寺へはこちらです

黒田家累代のお墓が見れる(要予約)

ここ崇福寺は臨済宗のお寺で、その命名は有名な円爾ですが、1600年に黒田長政が関ヶ原の軍功によって筑前福岡52万石を与えられた際、黒田長政によって現在の位置に移されました。それ以降、黒田家の菩提寺としてその庇護を受け、黒田官兵衛をはじめとして歴代の黒田家の藩主のお墓があります。

ちなみに墓所の見学は事前予約が必要で、福岡観光コンベンションビューローへの連絡が必要です。ここ崇福寺では大河ドラマでも一躍有名になった官兵衛を初め、初代藩主長政、4代藩主・綱政、6代藩主・継高、7代藩主・治之、9代藩主・斉隆の墓碑が残っています。また博多商人で高名な島井宗室の墓所もここ崇福寺に眠っています。

黒田官兵衛の墓所は、大宰府天満宮のすぐ横の梅の庭園にも残っているのですが、ここは墓碑とともにみることができます。

崇福寺

福岡藩主黒田家の菩提寺にもなっている崇福寺

崇福寺

寺院内はまるで庭園のよう

崇福寺

こちらのお寺も禅寺です

崇福寺

歴代藩主が眠るお墓が

崇福寺

事前の予約が必要です

福岡城の城門や重要文化財盛りだくさん

ここ崇福寺では他にも多数の重要文化財をみることができます。なによりもまず目を引くのがお寺の入口にある巨大な城門です。県指定の有形文化財に指定されていますが、福岡城の本丸御門であったものが移築されたものです。1918年に崇福寺境内に移築されたものですが、その構造は二層造りで本瓦葺の切妻造で豪壮な姿を見せてくれます。

またこの城門以外にも、唐門や仏殿など県指定の有形文化財が多数残るのがここ崇福寺の特徴です。絹本著色黒田孝高・長政像や、紙本墨画出山釈迦像、旭地蔵尊など多くの文化財が眠っています。もちろん、これ以外に境内は臨済宗らしく美しく整備され、多くの草木が植えられています。

既に梅が咲いていましたが、大変美しく、春を愛した黒田官兵衛の菩提寺にふさわしい雰囲気でいっぱいでした。境内には饅頭屋さんもあり、のんびりいただきました。

崇福寺

かつての福岡城城門

崇福寺

お菓子屋さんもあります

崇福寺

まんじゅうもうまいです

まとめ

崇福寺はほかの博多のお寺とはちょっと離れていますが、そこには少し足を伸ばしても十分なくらい見所がいっぱいです。豪壮な姿の門は福岡城の本丸跡を忍ばせてくれますし、要予約ですが、黒田官兵衛とその妻、歴代藩主のお墓は歴史好きの人には貴重な場所なのではないでしょうか。地下鉄で最寄り駅までいってもいいですし、聖福寺や東長寺、承天寺などとセットで散歩がてらに回ってみるのもいいでしょう。