下諏訪宿。宿場町と門前町の雰囲気が残る諏訪の名所

下諏訪宿とは。中山道と甲州街道、両方が交わる宿場街

下諏訪宿は、長野県諏訪市に残る江戸時代の宿場町です。諏訪地方といえば、東京方面からも比較的近く、車で約2時間30分ほどの距離にあります。諏訪湖や諏訪大社といったこの地方ならではの観光名所が数多くそろうエリアです。

そんな諏訪エリアの歴史的観光スポットの一つが本日ご紹介する下諏訪宿です。下諏訪宿は、諏訪大社下社のすぐ近くにある昔ながらの街並みで、江戸時代の宿場町であるとともに、諏訪大社の門前町として栄えました。

そこでは、江戸情緒あふれる街並みや観光スポットが残されているのです。諏訪大社下社の参拝と一緒に、散策してみたい街並みスポットです。

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下諏訪宿の歴史

現在でも交通の中心である東海道や中山道などの街道は、江戸時代に本格的に開かれました。とりわけ、江戸を中心に整備され、一般的には五街道という名前で知られています。

この五街道は、江戸と京都を結ぶ東海道、中山道をはじめ、江戸を横断し現在の山梨県である甲斐の国までつづく甲州街道、更には徳川家康が眠る日光までを結ぶ日光街道、また、東北地方まで進む奥州街道などが存在します。

下諏訪宿は中山道にある宿場町で、現代のホテルである旅籠や、休憩施設である茶屋などが多数設けられていました。江戸幕府はこうした街道の要所に宿泊施設などを設け、多くの旅人が休めるようにしたのです。

また、下諏訪宿は諏訪大社に参詣する旅人たちの宿泊場所や休憩場所としても栄えました。江戸時代は多くの人がお寺や神社にご利益を求めて参拝した時代、下諏訪宿はそんな旅人たちの門前町としてもにぎわいを見せたのです。

この下諏訪宿は、かつて中山道六十九次のうちの二十九番目の宿場街として、また、甲州街道の江戸から数えて三十九番目の終点の宿場町として、さらには諏訪大社下社の門前町として栄えた遺風を今でも残しています。

もともと宿場街は参勤交代で江戸と本領を行き来する多くの武士が宿泊する場所でもありました。そうしたことから、武士や公家が宿泊する場所は本陣と言われ、その地域の有力な家の邸宅が宿泊場所として使用されました。

下諏訪宿ではこの本陣がそのまま残されており、岩波家として現在も一部が公開されています。ちなみに、この本陣では、かつて和宮が降嫁した際に明治天皇が宿泊した場所としてもしられ、その奥座敷を見学することができます。

また、本陣に次ぐ身分の武士や公家が宿泊する施設である脇本陣は、実は今でも現役の旅館「桔梗屋」「まるや」として営業を続けています。

下諏訪宿はこの本陣、脇本陣を中心に江戸時代の全盛期にはなんと45軒もの旅籠が運営されていたとか。その記録は1843年の「中山道宿村大概帳」によると1345人が宿場街として下諏訪宿で生活していたといいます。

参勤交代の大名の宿泊施設も残る

また街道に設けられた宿場町は交通の整備を目的とするだけではなく、幕府の制度である参勤交代のための場所としても利用されていました。江戸幕府は日本全国の大名を統治し、謀反を起こさないための仕掛けとして参勤交代を開発しました。

1年は領国で、1年は江戸で過ごすという制度で、妻子は常に江戸住まいで、いわば人質としての意味も持っています。また参勤交代は大名行列といわれるように、長大な人数を率いて街道を行き来するため、莫大な経費がかかり、それによって各大名の経済力をそぐことが目的です。

宿場町はそんな参勤交代の際に、大名が宿泊する施設が存在したのです。下諏訪宿にも参勤交代で大名がとまった本陣が残されています。この本陣とは、大名は幕府の役人、朝廷の勅使など、いわば、当時のVIPしか泊まることが出来なかった宿泊施設で、格式が高い場所でした。

そんな江戸時代の宿泊施設も下諏訪宿では残されているのです。

下諏訪宿の見所

下諏訪宿には江戸時代から続く貴重な本陣、脇本陣をはじめ、現代では見ることが出来ない、江戸から明治にかけての建物が目の当たりにできます。諏訪大社の参拝と一緒に一度は見てみたい場所です。

江戸時代の本陣、岩波家

この下諏訪宿は、江戸時代の五街道の一つである中山道六十九次のうちの二十九番目の宿場町でした。また、下諏訪宿は同時に甲州街道の宿場町でもあり、江戸から数えて三十九番目の終点の宿場町です。

この下諏訪宿は二つの街道の結節点として、旅人だけではなく、多くの参勤交代の大名が宿泊した場所でもあるのです。そんな大名の宿泊施設である本陣、岩波家が現在もこの地に残されています。ちなみに、五街道で残されている本陣の数はわずか9つしかありません。

下諏訪宿の本陣はそんな貴重な場所の一つなのです。この本陣岩波家にはさまざまなエピソードが残されています。多くの大名が宿泊するだけではなく、幕末に将軍徳川家茂に輿入れしてきた孝明天皇の異母妹和宮が京都から江戸に向かう途中、この岩波家に宿泊したり、明治天皇も宿泊しました。

現在は4月から10月の期間で、9時から18時の時間で内部を見学することが出来ます。内部はさすが大名や皇族が宿泊したという場所だけあり、諏訪大社の建物を借景にする美しい庭園や、実際に明治天皇が宿泊された奥座敷なども見学することができます。

更に、ここを本陣として利用した井伊家や徳川御三家の関札なども残されています。本陣は大名が宿泊する場所ですが、その家臣たちや上級武士が宿泊する場所が脇本陣です。岩波家のすぐ近くにはこの脇本陣であった旅館ものこされていて、実は今でも現役の旅館「桔梗屋」「まるや」として営業を続けています

更に下諏訪宿はこの本陣、脇本陣を中心に江戸時代の全盛期にはなんと45軒もの旅籠が営業を行っていたとされ、江戸時代後期である1843年の「中山道宿村大概帳」によるば、1345人が宿場街として下諏訪宿で生活していたといいます。

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下諏訪歴史資料館

下諏訪宿には、この本陣、脇本陣跡以外にも同じような江戸情緒あふれる観光スポットが存在します。それが下諏訪歴史資料館です。

下諏訪歴史資料館は、明治初期に建てられた建物で、内部は囲炉裏や土間など、昔ながらの日本の民家がそのまま残されており、宿場町としての雰囲気が残ります。

ここでは、宿場町、門前町として栄えてきた下諏訪宿の歴史や文化に関する展示が行われており、江戸から中山道まで至る街道図を描いた浮世絵師歌川広重の作品、木曽海道六十九次や、和宮ご降嫁関係文書、水戸浪士天狗党の和田嶺合戦の資料、赤報隊相楽総三の資料などこの地を舞台にした貴重な資料が展示されています。この下諏訪歴史資料館も下諏訪宿の観光スポットとしておすすめの場所です。

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美術館や博物館

下諏訪宿には古き良き町並みとともに、美術館や博物館の観光も楽しめます。ここでは、下諏訪宿にある代表的な美術館と博物館をご紹介します。

まず初めに登場するのが諏訪湖オルゴール博物館です。ここはオルゴールに特化した博物館で、中ではさまざまなアンティークのオルゴールの展示がされています。また面白いのが、オルゴールの体験作りができる点で、下諏訪宿の観光スポットの一つとして楽しめます。

また、諏訪大社下社秋宮のほぼ目の前にあるのが根津八紘美術館です。この美術館は現役の医師でもあり、信州出身の画家としてもしられる根津八紘が描く美しい風景の作品を目にすることができます。

更に下諏訪宿の中には、かつての宿場町のお茶屋を改装した博物館、諏訪町立今井邦子文学館があります。今井邦子は万葉集や古典の研究家としても知られ、多くの短歌や小説を残した人物です。

ここでは江戸時代のお茶屋「松屋」の姿も楽しめます。さらには下諏訪観光協会もあり、時計の仕組みがわかり、日本唯一の時計組立体験工房を持つ諏訪湖時の科学館儀象堂など、下諏訪宿ならではの美術館や博物館が楽しめます。

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諏訪大社下社

下諏訪宿は諏訪大社下社の目の前にあり、当然のことながら諏訪大社下社の参拝もおすすめです。諏訪大社は日本全国にある25000社ある諏訪神社の総本社です。

一つの神社のように聞こえますが、実際には諏訪大社は4つあり、大きく分けて諏訪大社上社と諏訪大社下社に分けることができます。

また、それぞれ諏訪大社上社は本宮と前宮、諏訪大社下社は秋宮と春宮に分かれます。上社と下社はかなり離れた場所にあり、下諏訪宿のすぐ付近にあるのが諏訪大社下社です。

ちょうど春宮と秋宮の間に宿場町兼門前町があるイメージで、一番近いのは春宮です。諏訪大社下社の春宮では、春宮幣拝殿と春宮左右片拝殿の建物が重要文化財に登録されており、独特の姿を目の当たりにすることができます。

その豪壮な建築物は一見の価値があり、是非下諏訪宿の観光の中心として参拝してみましょう。

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万治の石仏

下諏訪宿の観光スポットの一つが万治の石仏です。この万治の石仏は諏訪大社下社の春宮のすぐ近くにある石仏で、下諏訪町の指定文化財です。この万治の石仏は江戸時代初期である1660年に作られたとされる石仏で、高さ2.7メートル、頭部が60センチの大きさを誇る石仏が見ることが出来ます。

この石仏は、もともと諏訪大社下社の大鳥居を建造する際に石を削り出そうとしたところ、その石に鑿をいれると血が噴き出たことから、当時の職人たちが、この石を阿弥陀如来の化身として祀ったのが始まりです。

この石仏は日本が誇る芸術家岡本太郎が絶賛したことでも知られる石仏で、現在はその周囲をまわるとご利益があるとされています。

万治の石仏

下諏訪宿へのアクセス

下諏訪宿は諏訪大社下社秋宮を中心にした一体の地域のことをさします。ちなみに諏訪大社はここ諏訪の地に全部で4箇所(上社2箇所、下社2箇所)あり、宿場街が広がる場所は下社の秋宮から春宮に至る一体です。

この周辺には多数観光客向けに駐車場が整備されてあり、車でのアクセスが最適です。また電車では下諏訪駅から徒歩10分ほどの場所にあるため、どちらでもアクセス可能です。カンデオホテルズ茅野からは車で25分ほどでいくことができます。

まとめ 諏訪大社と本陣、脇本陣の町並みは一見の価値あり

下諏訪宿は五街道のうちの二つの主力街道が交わる宿場街として、また諏訪大社の門前町として古くから栄えた名残を今でも残しています。

特に、武士や公家が泊まるための本陣、脇本陣がそのままの形で残れているのは一見に値します。その周辺の町並みや諏訪大社と合わせて町を巡ることで、江戸時代からの文化を町ごと体感することができる貴重な観光スポットと言えるでしょう。

諏訪大社下社も秋宮から春宮それぞれにおいて、素晴らしい神社建築と巨大な御神木を堪能することができます。また下諏訪宿の周辺には多数の美術館や博物館があり、落ち着いた観光が楽しめることでしょう。

かつての一大宿場町、門前町を堪能されてみてはいかがでしょうか。下諏訪宿は長野でもオススメの観光スポットの一つです。

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