大阪城公園。大阪観光の最大の見所

大阪城公園とは

大阪観光の最大の見所スポットの一つが大阪城です。大阪の象徴ともいえる存在で、数ある日本のお城の中においても、姫路城や熊本城と共に日本三名城の一つに数えられるほどのお城です。

また天守閣だけではなく、二ノ丸から外堀の三の丸に至るまで、巨大な城跡が巨大な公園として、整備されています。

日本のお城の多くは、天守閣や本丸以外の部分は中々残されていないのが現状ですが、大阪城は、その広大な城跡を現代的に整備された公園として様々な見所が登場します。

また、大阪城には天守閣以外に、櫓や城門などが重要文化財として残されており、歴史的な見所スポットとしても楽しめます。

更には、大阪城公園にはコンサートなどが行われる大阪城ホールや、中之島一体を周遊することができる大阪水上バス、憩いの場としてくつろげる森などがあり、さまざまな用途で利用できるのも魅力の一つです。

本日はそんな大阪城公園の見所をご紹介しましょう。大阪にきたら一度は訪れておきたい観光スポットです。

大阪 観光スポット 大阪城公園

大阪城の全体図とアクセス

現在の大阪城公園は、江戸時代の大阪城をベースに整備されています。その広さは広大で、710,000平方メートルの範囲が国の特別史跡に認定されているほどです。

ちなみに、現在の大阪城は江戸時代に入って徳川幕府が再建したもので、豊臣秀吉が築いた大阪城は、現在のおよそ4倍もの広さであったと言われています。

現在の大阪城の広さでも広大であるため、ちょっと想像がつかない広さです。この大阪城公園には、前述した通り、天守閣や本丸以外にも数々の見所スポットがありますが、利用する駅でアクセスのしやすさが異なります。

下記は大阪城の全体図になりますが、大阪環状線の大阪城公園駅では、大阪城ホールや大阪水上バスの乗り場に最も早く行くことができます。

お隣の森の宮駅では、遊具や憩いの森などがある大阪城パークにアクセスしやすいです。また、天満橋駅からは大阪城の入り口でもある多門櫓や西の丸などに近いです。

このように、訪れる場所に応じて利用する駅なども使い分けた方がいいでしょう。ちなみに大阪城公園には駐車場がありませんので、周辺のコインパーキングやNHK大阪ホールなどの地下駐車場を利用することをおススメします。

 

大阪城の歴史

先にもご紹介しました通り、現在の大阪城は江戸時代に入ってから再建されたものです。大阪城は豊臣家の居城として、安土桃山時代を象徴する存在でしたが、大阪夏の陣において惣堀を埋め立てられ、落城し焼失しました。

当時の大阪城は現在の4倍の大きさを誇った東洋一の巨大な城で、もともとこの地を統治の中心にしようと目をつけていたのは、秀吉が仕えた織田信長だともいわれています。

織田信長の居城としては琵琶湖畔に建てられた安土城が有名ですが、大阪城を本拠地にするため、当時この地を支配していた一向宗本願寺と戦ったことはあまりにも有名です。

大阪という地名が付く前は石山本願寺または石山御坊といわれる城で、一向宗の本拠地として織田信長の移転しろという要求に反抗し10年にもわたって戦ったのです。

一向宗が10年にもわたって織田信長と戦うことができた理由はさまざまですが、最大の理由が、難攻不落といわれた石山本願寺の城郭としての機能にあったともされています。

この石山本願寺の遺構が秀吉の大阪城に引き継がれ、広大な城下町と巨大な城に発展していったのです。その後、豊臣秀吉が没すると、徳川家康との間で戦いが起こり、1615年の大阪夏の陣において落城しました。

現在の大阪城は1620年から1629年にかけて徳川幕府が改修したもので、江戸時代には西日本の抑えとして将軍直属の大阪城代が置かれ、西国大名を監視しました。

その後、明治維新を迎えたのちは陸軍の砲兵工廠や基地などが置かれ、戦後の1948年に大阪城公園としての整備が開始され現在に至るのです。

大阪城公園の見所

それではここから巨大な大阪城を体感できる大阪城公園の見所をご紹介しましょう。豊臣秀吉時代よりは小さいとはいえ、西国一の巨大な城跡は、城壁や櫓、石垣などいたるところで圧倒的な迫力を味わえます。

また、現在は博物館となっている天守閣では、戦国時代の甲冑や刀剣など当時の歴史を味わえる展示が楽しめます。

更に大阪城公園の楽しみは、城跡以外にも存在します。大阪水上バスでは中之島の美しい風景が、大阪城ホールでは、コンサートなどが楽しめます。

巨大な城郭を丸ごと体感

大阪城公園の最大の見所が、すいて710,000平方メートルという巨大な城郭です。日本には全国各地に戦国時代や江戸時代のお城が残されていますが、この大阪城ほど巨大な城は、なかなか存在しません。

とりわけ、本丸だけではなく二ノ丸、三の丸まで整備されて残されているのは非常に貴重です。その入り口は全部で4つ、大手門、京橋口、青屋門、玉造門で、それに合わせて外堀も、東西南北4つの外堀が存在します。

この城門の位置や堀の位置などは、基本的には豊臣秀吉が作った大阪城をベースに、江戸幕府が再構築しました。

その次に展開するのが二ノ丸で、現在は日本庭園や迎賓館が設けられている西の丸や、南側には豊臣秀吉を祀る豊国神社が、東側には梅林があり北には伏見櫓などが存在します。そして内堀を超えて登場するのが本丸で、本丸には巨大な天守閣が残されています。

この天守閣は、昭和に入って復興されたものですが、内部はエレベーターが配備され近代化されており、博物館として楽しむことが出来ます。

大阪城はこのように、巨大な構造が残されており、歩いて回ることで戦国時代や江戸時代の大迫力の城郭を体感することができるでしょう。

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日本最大の巨大な石垣。最大130トンも

大阪城の見所の一つが、巨大な石垣です。日本の城、特に戦国時代後期から江戸時代にかけての城は築城技術も一挙に進歩し、巨大な石によって城壁が作られているのが特長です。

城壁を石で積んで築く城は、世界でも見られ、日本においても古代から続く築城技術の一つですが、戦いが日本全国で行われた戦国時代に飛躍的に発展を遂げ、江戸時代に入っては更に堅牢な城郭を築くことが可能となりました。

特に織田信長の築城した安土城には巨石が利用され始め、大阪城の石垣は日本最大といわれています。江戸時代の石垣の積み方は、単なる巨大な石を用いるのではなく、形を方形に加工したのちに積み上げることから、積みやすく尚且つ急勾配が可能となります。

大阪城の石垣は、こうした技術によって作られるだけではなく、瀬戸内海や六甲山などの巨石の産地から取り寄せられ、日本全国の大名が駆り出されて作られました。

大体その大きさは高さ5メートルから6メートル、幅14メートルにも及ぶもので、その最大のものは岡山藩池田家が運んできたものでその大きさは130トンにも及ぶとされています。

この最大の石は本丸桜門桝形で見ることができます。ちなみにギザの大ピラミッドの積石は1個2.5トンと言われており、その大きさのほどを知れるでしょう。

ほかにも120トンクラスの巨石が2つ、108トンと85トン、80トンの石垣が大手門桝形で見ることができます。特にこれほどの巨石が城内の至るところで残されているのは大阪城を除いてほかにはなかなかありません。この巨大な石垣も大阪城の見所の一つです。

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大手門と多門櫓など重要文化財が現存

大阪城には多数の城郭建築が残されているのが特長です。その多くが江戸時代に作られたもので、その多くが国の重要文化財に登録されています。

大手門や多聞櫓、千貫櫓、乾櫓、一番櫓、六番櫓、金蔵、金明水井戸屋形、焔硝蔵といった建物が見ることができます。

特にその中でも最大のものが大手門と多門櫓で大手門は1628年に作られました。その特長は、高さ7.1メートル、幅5.5メートルにも及ぶ大きさで、門の左右に広がる塀である大手門北方塀・大手門南方塀も重要文化財も合わせて重要文化財に登録されています。

この大手門のもう一つの特長が、巨大な桝形の構造をしており、内部に入った後は、周囲の櫓から一斉に攻撃されるつくりをしているのです。

この桝形の攻撃の中心となるものが多聞櫓で、1783年に落雷によって焼失するも1848年に再建されました。

この多聞櫓は高さ14.7メートル、広さ710平方メートルという巨大なもので、内部には6つの部屋があり、多数の兵や武具を保管しておける作りをしています。

また、櫓からは鉄砲や弓矢で攻撃してくるのが一般的ですが、この多聞櫓の場合、門をくぐる際、上から槍を落として攻撃する「槍落とし」という機能が設けられるなど、その要害ぶりを示しています。

ちなみに大阪城には全部で3つの多聞櫓があったとされますが、現存するのはこの大手門のものだけです。大阪城にはこの大手門と多門櫓がもっとも城郭の堅牢さを体験できる重要文化財と言えます。

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大阪城西の丸庭園と大阪迎賓館

大阪城公園の中で、さまざまな利用方法が楽しめるのが西の丸庭園です。西の丸庭園はその名前の通り大阪城西の丸が庭園として開放されているのです。

この西の丸庭園は6万5000平方メートルの敷地が緑の芝生として利用でき、春には桜が咲き誇るお花見スポットとしても楽しめます。その数なんと300本ものソメイヨシノが存在し、美しい風景が堪能できます。

また、この西の丸庭園のある場所はイベントスペースなどとして利用されることも多く、休日やイベントが開催する日は多くの人でにぎわいます。

そしてこの西の丸庭園の見所の一つとして、利用できるのが大阪迎賓館です。迎賓館というと、国の賓客などを迎える施設ですが、この西の丸庭園の大阪迎賓館はレストランや結婚式場として利用することができるのです。

実はこの場所は、国際会議であるAPECが大阪で開催されたときの場所としても利用され、各国の首脳がこの場所でもてなされたのです。大阪城の中で優雅なひと時を体験されてみてはいかがでしょうか。

豊国神社。豊臣秀吉を祀る神社

現在の大阪城は江戸幕府が再構築したお城ですが、大阪城というと、豊臣秀吉の印象が一般的です。豊臣秀吉はその死後、その子供の秀頼によって豊国大明神として神として祀られますが、大阪の陣で徳川家に滅ぼされたのち、その神社は荒廃し、何と明治時代になるまでその状態が続きました。

その後、豊国神社を再興しようという動きによって復活を遂げました。現在はここ大阪をはじめ、秀吉にゆかりのある長浜や名古屋、更には再興をした黒田家のおひざ元である福岡などにあります。

大阪城にある豊国神社では豊臣秀吉の銅像もおかれており、本丸に向かう途中で参拝することができます。

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蓮如上人袈裟懸けの松

大阪城はもともと一向宗の本拠地として知られ、石山本願寺といわれた門前町兼城郭だった歴史があります。この石山本願寺をこの地に築いた人物が、親鸞から数えて第8代といわれる本願寺蓮如です。

この蓮如は本願寺中興の祖ともいわれる人物で、当時、惣という国人、地侍たちの横のつながりと連携することで、一向宗を日本全国に飛躍的に広めた人物です。

当時は農業生産が飛躍的に進んだ時代で、実際に土地を持っている国人たちの力が強まっていた時代です。その一方で何もしないで税金だけ徴収する武家貴族に年貢を納めることに抵抗が出てきた時代でもあります。

一向宗が広まった背景にはこうした時代背景があり、多くの国人たちが年貢が安く横のつながりが持てる一向宗に入っていきました。

その興隆の中心的な人物が蓮如であり、その布教の中心的な場所として設けられたのが石山本願寺だったのです。結果として、蓮如の孫の顕如の時代に織田信長と戦い、開城しますが、大阪城は蓮如と一向宗にとってもゆかりの土地といえるでしょう。

その歴史的なスポットが蓮如上人袈裟懸の松といわれる場所です。実際に蓮如がこの地に御坊を築いたときに袈裟をかけた松があった場所で、現在はその切り株のみが残されています。

ちなみに江戸幕府が築いた大阪城は秀吉の大阪城を埋め立てたうえに築かれていることから、この松の真偽のほどはわかりませんが、ここに石山本願寺が存在したことは間違いなく、そのゆかりの場所としても訪れることができます。

本丸天守閣

大阪城公園の最大の見所の一つが本丸の天守閣です。大阪城天守閣は、昭和に再興された天守閣として知られ、豊臣時代のものとも徳川時代のものとも異なった形をしています。

内部は鉄筋コンクリートで作られエレベーターまで設けられており、博物館としても利用することができます。この天守閣は昭和の復興天守の第一号ともいわれるもので、国の登録有形文化財にも登録されています。

地上1階から8階まである建物で、内部の各フロアは豊臣時代の歴史展示が楽しめるつくりとなっており、貴重な資料や文化財が目の当たりにできます。

基本的にエレベーターで最上階まで登り、歩いて下りながら見学をします。それでは各フロアの概要についてご紹介しましょう。8階では展望フロアとして大阪城公園だけではなく大阪市内が見渡すことができる風景を堪能できます。

またこちらにはミュージアムショップも設けられており、お土産を購入するのにも最適です。7階ではジオラマやミニチュア模型による豊臣秀吉の生涯が再現されています。

豊臣秀吉は天下統一を果たすだけではなく、関白太政大臣という位を極めた人物として知られていますが、その出身は農民出身といわれており、信長の草履とりから天下人まで成り上がった人物として、その生涯は多くの小説やドラマで描かれました。7階はそんな秀吉の波乱に満ちた生涯を知ることができます。

お次は6階ではなくて5階ですが、こちらでは豊臣家が滅びた戦いである大阪夏の陣の展示が設けられ有名な真田幸村の戦いぶりもこのフロアで知ることができます。4階と3階は豊臣秀吉とその時代というテーマで、安土桃山時代における武将たちが所蔵した刀剣や甲冑などが目の当たりにすることができます。

また、こちらでは豊臣秀吉が作り、利用していたとされる黄金の茶室の復元や、豊臣時代の広大な大阪城の復原模型、徳川時代の大阪城の復元模型など、バラエティにとんだ展示で豊臣時代の大阪城がわかるようになっています。

2階はレプリカ展示などが行われ、1階ではシアタールームによる豊臣秀吉と大阪城の上映や、ミュージアムショップがあります。

ちなみに、こちらは余談ですが、豊臣時代の天守閣は5重6階地下2階で、金があしらわれた天守閣だったようですが、平成の大改修で、内部の耐震工事がほどこされるだけではなく、豊臣時代に近い塗装に仕上がりました。

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秀頼・淀殿自刃の碑

天守閣のすぐ裏手にあるのが、秀頼と淀殿が自害した碑が設けられています。豊臣家は大阪冬の陣で家康と講和するも、騙されて堀の全てを埋め立てられてしまい裸城同然にされてしまいます。

その後の大阪夏の陣では真田幸村や後藤又兵衛、長曾我部盛親といった勇将が奮戦するも衆寡敵せず破れ、敗北となってしまいます。

戦国時代では、戦いに敗れると城を枕に討ち死にするのが一般的でしたが、豊臣秀頼や淀殿たちは、天守閣が燃え尽きるとともに蔵に逃げ込んだと言われています。

この蔵に対して、徳川方は鉄砲を撃ちかけ、時の声を上げて自害を促したと言われています。

それにより豊臣秀頼や淀殿をはじめ多くの女官たちは自害し、蔵に火を放ってその生涯を閉じました。現在の大阪城公園の天守閣にもその霊を弔う碑が設けられています。

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大阪城の花園たち

大阪城には、美しい花が楽しめる花園が多数設けられています。

特に季節ごとにいろいろな花が楽しめるため、憩いの場として楽しめます。ここでは大阪城公園に咲き誇る花と花園についてご紹介しましょう。

まずはじめにご紹介するのが梅園です。大阪城の内堀の東側には、1.7ヘクタール、約1270本にも上る多数の梅が咲き誇る梅園があります。

ちなみにこの梅は、大阪府立北野高校の卒業生たちが800本を寄贈したものがはじまりとなっており、今では毎年3月ごろになるとおよそ100種類もの梅が咲き誇ります。

花園の第二が既に二ノ丸庭園でもご紹介した桜です。大阪城公園のもう一つの顔は、お花見スポットという顔があり、実は公園内全体にはおよそ3000本もの桜が咲き誇ります。

特に、西の丸庭園では、ソメイヨシノが約300本も植えられており、お花見スポットとして大人気です。またこちらは夜にはライトアップされ夜桜スポットとしても有名です。

梅や桜と共に春の花として知られる存在として桃がありますが、大阪城公園には200本もの桃も植えられているのです。こちらも季節は3月中旬ごろが見所ですが、大阪城桃園では約12種類のさまざまな種類の桃の花を見ることができます。

これまでご紹介してきた花はすべて春に関するものですが、大阪城には5月から7月にかけて佐久色とりどりの花も楽しめます。それがアジサイやうつぎといった花で、約1400株もの花が植えられています。

こちらは城南地区に設けられており、初夏の天気のいい日にはこうした美しい花たちを見ることができます。

大阪城公園にはこのように4種類の花園が存在しますが、それ以外にも市民の森やにおいの森など、公園としてゆったりとした時間を過ごせるエリアがあり、散歩などにも最適な場所なのです。

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大阪城ホールと野球場

大阪城公園には、城や公園としての見所以外に、さまざまな楽しみ方が存在します。そのうちの一つが大阪城ホールです。

大阪城ホールは1983年にオープンしたホールで、最大収容人数16000人を収容することができる巨大なホールです。こちらでは主にコンサートや入学式など多数の催しモノが行われるホールとして知らます。

また、このエリアには大阪城野球場も設けられており、野球の開場として利用することができます。

大阪城公園とセットで訪れたい観光スポット

これまでは大阪城公園にある見所スポットをご紹介してまいりましたが、その周辺には合わせて訪れたい観光スポットが存在します。大阪城は非常に広大ですので、見所スポットとその他のエリアとを組み合わせて観光するのもいいでしょう。

大阪 観光スポット 水上バス

大阪水上バス

大阪城公園を発着場にして中之島を周遊できるのが大阪水上バスです。

大阪水上バスは上記でご紹介した大阪城ホールや大阪城野球場のエリアに発着場がある水上バスで、大阪城から中之島一体を通る55分のクルージングが楽しめます。

また、一周まわって帰ってくるだけではなく、途中の乗船場で乗り降りもできますので、用途に応じて利用されるのがいいでしょう。

この大阪水上バスでは、大阪城からスタートし、大阪経済やビジネスの中心である中之島の風景を川から見ることが出来ます。

この中之島は、天下の台所や水の都といわれた大阪の商業都市としての機能を形作ったエリアで、江戸時代にはここに諸藩の蔵屋敷が並び、日本全国から物産が運び込まれました。

また現代ではこの中之島はビジネスセンターや大阪市役所があるだけではなく、明治時代の文化財である大阪市中央公会堂や大阪府立中之島図書館などがあり、重要文化財に登録されています。

更には美術館なども設けられ、経済だけではなく文化の中心的な場所としても最近では知られています。大阪水上バスはこうした中之島の風景を水上から眺めることができる優雅な時間を過ごせる貴重な観光スポットです。

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大阪歴史博物館

大阪城公園のすぐ近くにあり、大阪城公園と共に歴史観光スポットとしてあげられるのが大阪歴史博物館です。

大阪歴史博物館は地下1階から10階までのれきし博物館で、古代から近現代までに至る大阪の歴史を等身大のジオラマで体験することができます。

主なメインフロアは10階から7階で、10階では古代の難波宮の世界がそのまま再現された世界を堪能できます。この大阪歴史博物館は古代の都であった難波宮が発掘調査された場所としても知られ、その雄大な宮殿が再現されます。

9階では中世・近世フロアとして、石山本願寺の時代から近世の世界まで当時の街並みなどが再現されています。

8階は発掘の体験ができるフロアで、7階では、大大阪時代といわれた昭和レトロな大阪の世界をかいま見れるのです。

大大阪時代とは、大正時代から昭和にかけて大阪が東京の人口を上回るほど増加し発展を遂げた時代で、商業や文化、芸術も栄えた時代のことを指します。

7階のフロアでは、この大大阪時代の街並みが等身大で再現されているのです。このように大阪歴史博物館では、10階から7階のフロアを見学することで、これまでの大阪の歴史がわかるのです。

また、大阪歴史博物館では地下も見所スポットの一つです。地下では、地下遺構が残されており、難波宮の発掘された遺構が楽しめます。

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中之島

最後に、大阪城公園とセットで見たい観光スポットとして中之島をご紹介しましょう。

中之島は大阪水上バスでも水上から見ることができる観光スポットですが、近年、文化芸術の拠点ともなっており、美しい大阪の街並みが楽しめます。中之島はもともと、江戸時代に入り、大阪城に物資を搬入するための諸藩の蔵屋敷ができたことで始まりました。

大阪は水の都という通り、大阪湾から大阪城まで水路が入り込んでいる一体で、各地域から船で中之島まで物資を運び、陸揚げしたと言われています。

中之島はこうした天下の台所としての成り立ちを象徴するエリアとして知られ、現代でもこのビジネスセンターとしての機能に引き継がれているのです。

また、中之島では、大阪市中央公会堂や大阪府立中之島図書館といった明治時代の重要文化財があったり、美術館が設けられているなど文化・芸術の拠点としても整備され、楽しめます。こちらも大阪城公園とセットで訪れてみてはいかがでしょうか。

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まとめ

大阪城公園は、秀吉が作った大阪城をベースに、徳川時代に入って作られたものが現在まで残されています。

豊臣秀吉の大阪城は現在の大阪城の4倍ともいわれていますが、現代の大阪城でも非常な広さで、同時に江戸時代からの重要文化財が多数残る城跡となっています。

また、大阪城公園には、城跡としての楽しみ方以外に、多数の花園や大阪水上バスなど、数多くの見所スポットが存在します。憩いの場としてゆったりと散策するのもいいでしょう。また周辺の中之島や大阪市歴史博物館などとセットで見てみるとより一層充実したものになると思われます。