音戸の瀬戸公園。平清盛ゆかりの地

音戸の瀬戸公園とは、日宋貿易の拠点

瀬戸内海の島々が浮かぶ広島県の沿岸部。この沿岸部の都市は古来から、さまざまな船が行き来する海峡として知られています。また、このあたりの歴史も、海峡と交易の影響を受けているエピソードが豊富にあるのです。

例えば、毛利元就と陶晴賢が戦った厳島合戦の一因は、厳島を拠点とした海上交易の権益に絡むものでした。また、この瀬戸内海の海域を支配していた村上水軍は、海賊という一方で、このあたりの通行税をとり、海外との交易も行っていた商社としての側面も持っていたのです。

こうした瀬戸内海の交易の歴史を最もはじめに大きくした存在が、平清盛です。平清盛はいう間でもなく、源平合戦で知られる平家の棟梁ですが、源平の戦いの前には、絶大な権力を誇り、日本を支配しました。

そのさい、平清盛が国家運営の基軸にしたのが海外との交易、具体的には宋との交易だったのです。博多を拠点に、京の都までは瀬戸内海を通り文物が運ばれました。

また、そのさいに開いた航路が今回ご紹介する音戸の瀬戸です。音戸の瀬戸は、呉市にある本州と倉橋島の間に存在する海峡のことですが、現在は桜の名所や公園としてその景色を楽しむことができます。呉市の名所としておすすめです。

音戸の瀬戸

音戸の瀬戸公園の見所

音戸の瀬戸は海峡の名前ですので、観光スポットとしては音戸の瀬戸公園が有名です。桜の名所として知られ、また、音戸の瀬戸が見渡すことができる絶景スポットとして楽しめます。ここでは音戸の瀬戸公園の見所をご紹介します。

音戸の瀬戸が見渡せる絶景

音戸の瀬戸公園の最大の見所は、音戸の瀬戸や瀬戸内海の島々が見渡すことができるその絶景です。ちなみに、瀬戸内海の島々は実は国定公園に指定されており、その範囲は兵庫県から大分県まで至ります。

そして、この瀬戸内海の島々の最大の特長がその美しい風景です。音戸の瀬戸公園から眺める風景も、瀬戸内海の島々が並び立つ独特の風景を楽しむことが出来るのです。

音戸の瀬戸は、南北方向約1,000メートル、幅は北口で約200メートル南口の狭い場所ではわずか80メートルといった非常に狭い海峡であり、古来から海の難所として知られていました。また現在では、大橋が設けられており、雄大な風景が楽しめるのです。

音戸の瀬戸

平清盛の銅像とエピソード

音戸の瀬戸公園には、音戸の瀬戸を切り開いた人物である平清盛の銅像があります。平清盛は先にご紹介したお通り、日宋貿易で国を富ませようとしていた人物です。同じく広島県にあり世界遺産にもなっている厳島神社も平清盛がその境内を拡充しました。

その目的もこの海域の航路の安全を願ったもので、音戸の瀬戸の整備と同じプロジェクトだったことがうかがえます。

ちなみに平清盛は、伊勢平氏の棟梁の家柄として生まれた武家貴族の出身ながら、その性格は短気で、まるで盗賊の親分のようにざっかけないところがあり、音戸の瀬戸を切り開くもとになったのも、倉橋島を大回りするのがばかばかしく思ったことから、開削して切り開けと命じたという伝説があります。

そのさいに吐いた言葉が「なに人力に及ばすとや、天魔をも駆るべく、鬼神をも役すべし、天下何物か人力に依りて成らざるものあらんや、いでいで清盛が見事切り開いて見すべきぞ」といい、清盛の稀有の大きさがうかがうことができます。音戸の瀬戸公園では、そんな日宋貿易に夢をはせた平清盛の銅像が高台になっているのです。

音戸の瀬戸

毛利水軍の一大拠点

音戸の瀬戸公園は、中世から戦国時代にかけて、瀬戸内海を支配する水軍の拠点の一つとして支配されていました。

特に、戦国時代に毛利氏が勢力を拡大するにしたがって、毛利方の武将である乃美宗勝が支配していました。乃美宗勝は有名な村上水軍の血縁にもあたる武将で、毛利家の両川の一人、小早川隆景の有力な武将でした。小早川隆景は毛利元就の三男として、おもに三原城を居城に、山陽道を統括していた重臣です。

乃美宗勝は、もともと小早川家の出自という事もあり、隆景の命でこの音戸の瀬戸に城を構え支配していたのです。現在の公園内にも、小早川隆景が築城したとされる石垣が残されており、毛利家の重要拠点だったことがうかがえます。

音戸の瀬戸

高烏砲台跡

音戸の瀬戸公園が城や拠点として使用されていたのは近代に入ってからも使用されていました。明治政府は陸軍の近代化を行うとともに、日本各地に要塞や拠点を作り始めます。この音戸の瀬戸公園にも海峡を防衛するための要塞が明治時代になって作られます。

このあたり一帯は呉要塞として、呉の軍港から、音戸の瀬戸公園に至るまで広い範囲で砲台などが築かれました。ここでは高島砲台が築かれるとともに、その砲台の火薬庫なども設けられているのです。ちなみに、ここにあった火薬庫はのちにご紹介する入船山記念館に移築され、そこで見ることができます。

音戸の瀬戸

音戸の瀬戸公園と一緒に見たい呉市の観光スポット

音戸の瀬戸がある呉市は、日本の観光スポットの中では、珍しい海軍ゆかりの観光スポットとして知られています。

音戸の瀬戸公園も、戦国時代には毛利家の城があったり、明治時代に入っても要塞が設けられたりと、防衛拠点としての色合いが濃いですが、その一番の目的が呉市の港を守ることです。これは呉市の港が交易として栄えていたことや、近代に入ると、軍港が設けられていたことに由来します。

特に明治政府は近代的な海軍を建設するにあたって、日本各地に軍港や造船所を設けます。中でも呉は、その中でも最大の存在であり、太平洋戦争の時代にはその造船能力は世界一といわれるほどになったのです。

特に呉港で製造された軍艦は数知れず、日本を代表する戦艦である戦艦大和はここ呉港で製造されました。もちろん戦艦以外にも空母や巡洋艦など多数の軍艦が作られました。また明治海軍ではここ呉鎮守府を設けており、海軍の高官たちが赴任していた場所でもあります。

その人物たちの中には、日本を代表する軍人やのちに総理大臣にもなった人物たちが含まれており、重要な歴史の一ぺージがかいま見れます。ここでは音戸の瀬戸公園とセットで見たい、呉市の代表的な観光スポットをご紹介しましょう。

入船山記念館

まず初めにご紹介する観光スポットが入船山記念館です。入船山記念館は、明治時代から昭和にかけて、呉鎮守府の司令長官の官舎兼邸宅です。呉鎮守府は呉の軍港を統括する海軍の要職で、歴代の司令長官は大将や中将といった将官が赴任してきました。

そのため、そこに残されている記念館は、明治時代の和洋折衷の建築を代表する非常に美しいもので、他では見ることができない美しい姿を見れます。この邸宅は、司令官の家族が生活する居住スペースと一緒に、会議室や応接室、更には食事を行う食堂まで設置されています。

いわば公務とプライベートが融合した邸宅であり、公務で使用する部分は、まるで高級ホテルのような造りです。この入船山記念館はいくつかの建物や見所スポットが登場しますが、先にご紹介した高島砲台の火薬庫も文化財として展示されています。

また、司令官としてではありませんが、参謀時代にここに赴任してきた東郷平八郎の離れが移築されています。東郷平八郎は、日露戦争で日本の連合艦隊を率いて戦った軍人ですが、東郷平八郎ゆかりの場所としても楽しめます。

入船山記念館

海上自衛隊呉資料館

呉市の最大の見所スポットの一つが海上自衛隊呉資料館です。海上自衛隊呉資料館は、その名前の通り、海上自衛隊が運営する資料館です。その最大の特長が、資料館の外に展示してある巨大な潜水艦です。

この潜水艦は、実際に1986年から2004年まで使われていた潜水艦あきしおで、外からみるだけではなく、内部まで入ることが出来ます。本物の潜水艦の中を見ることができるのは、日本の中でも、ここ海上自衛隊呉資料館だけでしょう。この海上自衛隊呉資料館では、現在の自衛隊の活動についても展示しています。

現在の自衛隊の任務の大きなものの一つが機雷の除去ですが、この展示館では機雷の見本の展示や掃海艇といった機雷を除去するための船などが展示され、その活動の大変さがわかることでしょう。

また潜水艦あきしおの内部は非常に狭く、周囲は機械と鉄で覆われている無機質な空間であり、この中で何カ月も任務に就くことがどれほど過酷なものかがわかります。海上自衛隊呉資料館はそんな見応えばっちりの資料館です。

海上自衛隊呉資料館

大和ミュージアム

海上自衛隊呉資料館の目の前にある大和ミュージアムです。この大和ミュージアムはその名前の通り、戦艦大和をはじめとする軍艦の展示がある博物館です。ちなみに呉の造船所は昭和には世界一の造船所との評判をとりましたが、戦艦大和をはじめ多数の軍艦がこの地で建設されました。

大和ミュージアムの最大の見所は全長約26メートルにも及ぶ10分の1サイズの戦艦大和の模型の展示をはじめ、九三式魚雷・二式魚雷といった海の兵器、海の特攻であった特攻兵器「回天」、特殊潜航艇「海龍」といった本物の大きさの兵器が展示しています。

また、海の兵器以外にも零式艦上戦闘機六二型といった戦闘機が展示されており、呉で作られた数々の兵器が目の当たりにできるのです。こちらの大和ミュージアムも海上自衛隊呉資料館とセットで見るのをおススメします。

大和ミュージアム

まとめ

広島県の瀬戸内海の風景には美しい景色と同時に、さまざまな歴史が残されています。今回ご紹介した音戸の瀬戸公園も、日宋貿易のための航路を築いた平清盛のエピソードや、日本の水軍や海軍の歴史を感じさせてくれるストーリーが残されています。

また国定公園にも登録されている瀬戸内海の美しい風景や桜の名所としての憩いの場としても利用することができます。呉市のほかの観光スポットとセットで訪れてみてはいかがでしょうか。