ごんぎつねのふるさと半田、新美南吉の生家と新美南吉記念館

新美南吉とは。児童小説の定番「ごんぎつね」で有名な作者

現在でも絵本として出版される児童文学のベストセラー「ごんぎつね」。いたずら好きの子ぎつね“ごん”が、自らのいたずらのお詫びに母を失った兵十にいろいろなものを届けるが、いたずらだと勘違いされてしまい火縄銃で撃ち殺されてしまうという、なんとも切ないお話しです。

児童文学のベストセラーだけではなく、小学校の教科書の定番小説ともされ、更にはアニメまんが日本昔話や映画にもなったほどです。現在も子供向けの文学作品として欠かすことはできない存在ですが、この有名な「ごんぎつね」を作った人物が新美南吉なのです。

新美南吉は愛知県半田市出身の児童文学作家ですが、驚くべきことにこの「ごんぎつね」を書いたのはなんと17歳のころだといわれています。「ごんぎつね」そのものは全国レベルの知名度で知られていますが、それを書いた作者は地元半田市以外ではあまり知られていないのが実情ではないでしょうか。

この新美南吉、教師をしながら児童小説を書き続け、わずか29歳の若さで早世してしまいます。こうした共通点から、「風の又三郎」や「銀河鉄道の夜」で有名な宮沢賢治とも対比されて語られる存在です。

本日はそんな児童文学で定番の「ごんぎつね」の作者、新美南吉のすべてがわかる新美南吉記念館と新美南吉が生活していた生家や町をご紹介します。蔵の町半田に残る、古き良き時代の日本の原風景のようなものを味わうことができます。

 

新美南吉記念館と新美南吉の魅力

新美南吉記念館は冒頭でご紹介した、「ごんぎつね」の作者、新美南吉の顕彰を目的に作られた文学記念館です。新美南吉はわずか29歳の若さで亡くなってしまった児童文学作家ですが、その生涯を通じて多くの作品を残しました。

それは児童小説だけではなく童謡や短歌、俳句、戯曲といったものまで広がっており、多くの人の心を打つ作品が多いとされています。特に、一般の庶民の暮らしに寄り添ったものや、「ごんぎつね」のように身近な動物たちとの触れ合いのようなものに関する作品が多く、心温まる通い合いや、信頼や良心といったことをテーマにして書かれているのです。

またテーマだけではなく、その才能あふれる文章や表現力も魅力の一つで、「ごんぎつね」をわずか17歳で表したように、現在でも色あせない表現が多くの人気を集めているのです。

新美南吉はこうした才能を持ちながらも、これからという時期に早世してしまいましたが、その作品や生涯がここ新美南吉記念館で知ることができるのです。

新美南吉 生家と記念館

新美南吉の生涯がわかります

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新美南吉の暮らしぶりと生涯、作品がわかる展示

新美南吉記念館の見所である展示館は、新美南吉が生活していた当時の雰囲気、昭和初期のイメージや、彼の作品の特長である動物のイメージが施された展示が楽しめます。また、展示方法は新美南吉の生涯を追っていくスタイルになっており、写真展示とともに新美南吉の一生がわかる仕組みになっています。

新美南吉は「ごんぎつね」を現した翌年、18歳に結核で喀血しますがその後は東京外国語大学に入学し卒業、地元知多郡の代用教員ともなりますが、体調を崩し退職、1938年には安城高等女学校(現在の安城高校)の教員になり、生徒の教育に熱心だったといいます。

そしてその5年後、1943年1月に結核の症状が悪化し退職、3月に若干29歳の若さで亡くなりました。新美南吉の生涯は短い生涯でしたが、この記念館での展示を追っていくと、非常に充実した生涯で、数多くの作品を残していることがわかります。

また、当時の貧しいながらも教育と制作活動に打ち込む風景も展示されており、そのひたむきな姿に心を打たれることでしょう。ここでは同時に新美南吉の自筆原稿や日記、手紙なども見ることができます。

また、制作意欲に燃えていたであろう、書斎の復元などもあり、志半ばでその生涯を閉じざる負えなかった新美南吉の切なさがうかがえます。ここには天皇皇后両陛下も2010年にご来訪されました。

新美南吉 生家と記念館

部屋の再現も

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図書室や工作室も。子供にやさしい記念館

新美南吉記念館のもう一つの特長は図書室や工作室が設けられている点です。一般的な展示資料館や博物館などではこうした部屋は設けられていませんが、新美南吉が子供向けの児童小説作家であったことから、こうした子供向けの場所が充実しているのが特長です。

特に図書室では新美南吉の全集や絵本といった作品をはじめ、児童文学に関する文献、郷土資料が納められており、子供だけではなく大人も楽しめる作りになっています。

一方、工作室では、土人形の絵付け体験や、折り紙教室といった体験教室の行事が行われており、子供たちに人気の場所となっています。実際、新美南吉記念館は、外の広場と一緒に、子供たちの数が非常に多い展示館として有名です。

「ごんぎつね」の舞台となった森とセットで

新美南吉記念館のもう一つの特長は、記念館の外が緑がいっぱいの公園になっている点です。館内も子供向けの展示がされていることと同時に、外でも子供たちが遊べる作りになっているのです。

記念館がある場所には広場などが設けられていますが、その奥には代表作「ごんぎつね」の舞台となった中山があり、童話の森として遊歩道を散策することができます。

また、この童話の森の中には、自然観察路が設けられており、昔から続く古き良き日本の雰囲気を満喫できます。また、この場所には小川も設けられており、大人も子供もゆったりとした時間を過ごすのに最適な場所といえるでしょう。

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新美南吉記念館の利用案内

住所:〒475-0966 半田市岩滑西町1-10-1

開館時間:午前9時30分~午後5時30分

休館日:原則、毎週月曜日・毎月第2火曜日・年末年始

(月曜日・第2火曜日が祝日または振替休日のときは開館し、その翌日が休館。)

観覧料:210円(20名以上の団体は各170円)

※中学生以下・障がい者手帳をお持ちの方無料

駐車場:57台・身障者用4台・バス専用3台(無料)

電話番号:(0569)-26-4888

FAX:(0569)-26-4889

新美南吉の生家もセットで見たい

新美南吉記念館の展示室には、新美南吉の書斎の復元がありましたが、ここ半田市には新美南吉の生家が実際にまだ残されているのです。

前段でご紹介した新美南吉記念館からは車で5分ほど、徒歩20分ほどの場所にあります。新美南吉は幼少期に用紙として新美家に出されますが、生まれ育った場所は紺屋海道の先にある場所です。新美南吉の生家は大正時代そのままの姿で残されており、内部にも入ることができるのです。

ちなみにこの生家は、新美南吉が生まれてから養子に出されるまでだけではなく、女学校の教員を退職してから亡くなる二か月前に、「狐」や「小さい太郎の悲しみ」といった作品を書いた場所でもあるのです。

 

さらには、自らの作品でもある、「狐」や「雀」「帰郷」といった作品の舞台になった場所でもあります。

新美南吉 生家と記念館

新美南吉 生家と記念館

新美南吉 生家と記念館

大正時代の生家がそのまま保存されています

 新美南吉がほとんど過ごした場所

新美南吉は生まれてから大正10年8歳のときに叔父の家に養子に入ります。しかし、祖母と二人きりの生活で、寂しさに耐え切れずその後実家に戻り生活を行いました。

南吉は15歳のころから小説を書き始め、地元の中学、高校を卒業後、半田第二小学校の代用教員になり、その後17歳で「ごんぎつね」を表しました。この生家はほぼ新美南吉の生活の中心であった場所ともいえるのです。

新美南吉 生家と記念館

中にも入れます

新美南吉 生家と記念館

下駄屋さんです

 貴重な大正時代の庶民の暮らし、住居建築が見れる

この新美南吉の生家の最大の見所は、貴重な大正時代の建築がそのまま見れるという点にあります。新美南吉の父親は渡辺多蔵といい、畳屋さんと下駄屋さんを営んでおりました。この生家はその当時のままの姿をとどめています。

面白いのが一見平屋に見える建物が実は2階建てで、斜面に建ててある場所の条件を利用し中に入ると地下があるという作りになっています。

内部の展示では、実際に畳の製造や修繕に使用したであろう当時の道具がそのまま展示されてあったり、下駄屋さんの商売道具なども残されています。

このように見てみると、大正時代から昭和初期の庶民の暮らしぶりが非常に質素であったとともに、このような場所から、日本を代表する児童文学の作品がどのように生み出されたのであろうかと感じさせてくれる場所といえるでしょう。

新美南吉 生家と記念館

当時のままの風情あふれるお家です

新美南吉 生家と記念館

隣は畳屋でした

新美南吉 生家と記念館

畳の製造道具もそのまま展示

 蔵の町半田の観光とセットで

以上、日本を代表する児童文学作家、新美南吉に関する観光スポットのご紹介ですが、半田市にはこれ以外にも数多くの観光スポットが存在するのです。半田はかつて江戸時代には蔵の町として栄えた町で、今でも町には当時をしのばせる蔵の展示などがなされています。

半田は酒造業から発展し、お酢で有名なミツカンなども生み出した町ですが、このミツカンの蔵や、当時の酒造業の酒蔵を改装した博物館などが設けられており、こうした蔵の町の観光とセットで回るとより一層旅が充実したものになることでしょう。

また、新美南吉も先にご紹介した生家から、女学校に向かう際に通ったとされる紺屋海道などの街並みもわずかに面影を残している部分もあり、こうした町歩きと組み合わせてみてもいいかもしれません。

 

まとめ・アクセス

新美南吉の生家と新美南吉記念館はそれぞれちょっと離れた場所に存在します。新美南吉の生家は半田口の駅から徒歩すぐの場所に。

新美南吉記念館は自動車でのアクセスが一番ベストです。カンデオホテルズ半田から新美南吉記念館まで自動車で8分。南吉の生家は車で約7分ほどです。少し距離がありますが是非セットで見ることをオススメします。

また蔵の町半田の観光スポットと組み合わせてもいいでしょう。半田のホテルではぜひカンデオホテルズ半田をご利用ください。

 

 

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