尾道の文学スポットの一つ。中村憲吉旧宅

尾道ゆかりの歌人の旧宅。中村憲吉の家

文学の街としても知られる尾道の街。お寺巡りとして楽しめる中に、ここ尾道ゆかりの文人たちの軌跡も多く残しています。尾道の文学スポットは大きく分けると3つ。昭和を代表する小説家、志賀直哉が2年間住んでいたという志賀直哉旧宅、そして志賀直哉旧宅からわずか徒歩2分ほどで行くことができる文学記念室。

この文学記念室では尾道ゆかりの作家、林芙美子や歌人の中村憲吉に関する書簡や直筆原稿などが展示されています。そして三つ目が、文学記念室でも遺作が展示されてある中村憲吉旧宅です。この3つの旧宅に加えて、「尾道市文学公園」をいれた4つを総称して、「おのみち文学の館」と読んでいます。

「おのみち文学の館」では明治から昭和にかけて活躍した文人や歌人に因む作品や、実際に住んでいた旧宅を目の当たりにし、この街の文学に関する奥深さを味わうことができます。

本日はそんな尾道の観光を堪能させてくれる「おのみち文学の館」の一つ、中村憲吉旧宅をご紹介しましょう。中村憲吉というと余り知られていない人物ですが、日本の歌人として有名で、数多くの短歌の作品を残しました。この尾道の地に残る中村憲吉の旧宅は短い晩年を過ごした場所として知られています。

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中村憲吉旧宅へのアクセス

中村憲吉旧宅は、ちょうど志賀直哉旧宅から、文学記念室へと続くルートの先にあります。志賀直哉旧宅から文学記念室までは徒歩2分ほど、中村憲吉旧宅は文学記念室から徒歩で約5分ほどの場所にあります。この中村憲吉旧宅ですが、尾道の有名スポットである千光寺へ向かう徒歩コースの途中にもある観光スポットです。尾道駅からは歩いて15分ほどで行くことができます。ちなみにカンデオホテルズ福山から尾道までは車で約25分ほど。尾道駅周辺の市営駐車場で車を止め、町歩きや寺巡りに向かわれることをオススメします。

日本を代表する短歌雑誌アララギのメンバー

中村憲吉というと余り聞き覚えが無い名前のように聞こえますが、日本の歌、短歌の世界では、アララギのメンバーの歌人として、斎藤茂吉などとともに知られています。

ちなみに日本の短歌や俳句は、有名な正岡子規によって数々の古来からの作品が発掘・整理・体系化され、今日に至っているとされていますが、アララギは、そんな正岡子規門下の歌人たちによって結成された短歌結社誌。

1908年に創刊され、なんと驚くべきことに1997年12月まで短歌の代表的機関誌として続いていました。ちなみに1997年に廃刊された後もそれに不満を持つ同人たちにより、『新アララギ』『短歌21世紀』『青南』『アララギ派』の4つの雑誌に別れ、今日に至っています。中村憲吉はそんな日本の短歌雑誌の発祥とも言えるアララギに速くから参加したメンバーでした。

その参加は1909年で、数多くの作品を生み出しました。中村憲吉の作品は、「おのみち文学の館」の一つである文学記念室で見ることができます。

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千光寺の麓に建つ歌碑と旧宅

中村憲吉の旧宅は、中村憲吉が短い晩年を過ごした場所として残されています。1933年12月から1934年5月5日に亡くなるまでのわずか5ヶ月程を過ごした場所ですが、その旧宅が公開され見ることができます。

この中村憲吉旧宅はちょうど千光寺山の麓にあり、千光寺山とともに尾道の町を見渡すことができます。ここでは旧宅以外にも歌碑が残されており、中村憲吉が千光寺を詠んだ歌も残されています。

ちなみに、千光寺は尾道を代表する観光スポットで、ロープウェーで登ることができますが、徒歩でアクセスする場合には、この中村憲吉旧宅の前の散策路を登り、アクセスすることができます。

ロープウェーではなく文学に親しみながら千光寺に歩いて登るという方法も一興かと。その場合にはかなり多くの階段を登らなければならないためあらかじめ心構えが必要です。

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まとめ 千光寺と尾道の町歩きをより一層充実したものに

中村憲吉は近代日本を代表する歌人として知られ、彼が参加したアララギは、今でもその系譜を引く日本を代表する短歌雑誌として伝わります。

ここ尾道ではそんな中村憲吉の遺作と、晩年を過ごした旧宅を目の当たりにすることができ、尾道の町歩きをより一層充実したものにしてくれるでしょう。千光寺の観光とセットで訪れることをオススメします。

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