村上水軍ゆかりの観光スポットを巡る

村上水軍ゆかりの地。しまなみ海道

瀬戸内海のしまなみ海道はサイクリングの聖地として海外からも多くの観光客が訪れるスポットです。サイクリストのメッカとしての存在が際立っていますが、しまなみ海道を特徴づけるもう一つの存在が水軍の根城といったことがあげられるでしょう。

瀬戸内海は中世から近世にかけて水軍が活躍した地域として知られ、特にしまなみ海道は有名な村上水軍の根拠地として栄えました。村上水軍は戦国時代を中心に、強大な海上勢力を誇った集団で、芸予諸島を根城に活躍しました。

一説によれば倭寇として中国の沿岸地方まで進出していたとされ、戦働きだけではなく貿易や通行料の徴収といった形で経済活動を行っていました。一般的な日本の領主は、年貢の徴収を基本に経済を成り立たせていましたが、地上の領地に基盤を置かない水軍は交通料金の徴収が主な収益源でした。

特に大小さまざまな島々が並び立ち、潮流も激しい場所があるしまなみ海道は、交通料金の徴収にはもってこいの場所だったのです。そんな村上水軍の一大拠点として知られるしまなみ海道の島々ですが、現在も村上水軍ゆかりの多くの観光スポットが存在するのです。

その数は今治市から尾道市にかけての芸予諸島でなんと42か所にもおよび、村上水軍ゆかりの地としての顔も持っているのです。本日はその中でも、代表的な村上水軍ゆかりの観光スポットをご紹介します。

村上水軍ゆかりスポット 村上水軍ゆかりスポット

村上水軍の3つの根拠地

村上水軍は実は一つの水軍ではなく、三つの家に分かれていました。それが能島村上氏、因島を拠点とした因島村上氏、来島を拠点とした来島村上氏です。それぞれの家の根拠地が名前にもなっており、因島は広島よりで、能島と来島は今治よりです。

ちなみにそれぞれの島の大きさは圧倒的に因島が大きく、現在では因島のみが車でアクセス可能です。能島と来島は因島に比べると小さく、来島はフェリーでアクセス可能です。残念ながら能島は季節船でのアクセスしかできません。しかし、小説『村上海賊の娘』で一躍有名になったことから、能島は現在村上水軍城としての再現が行われているとも言われています。

かつてはこの3つの島を拠点として活動していましたが、現在に残されている観光スポットとしては非常に幅広く、3つの島以外にもいたるところに存在します。

 

能島の場所

来島の場所

因島の場所

 

 村上水軍ゆかりの観光スポットの回り方

冒頭でもご紹介した通り、村上水軍ゆかりの観光スポットは今治市から尾道市に至る全長約60kmの間に42か所も存在するといわれています。各スポットはそれぞれ離れており、個別にピックアップして回ってもいいでしょう。

最も有名な場所としてあげられるものから、隠れたスポットまで存在し、それぞれで瀬戸内海ならではの雰囲気を堪能することができます。しまなみ海道を大きく分類すると、スタート地点でもある今治市の内陸部、大島、伯方島、大三島、生口島、因島、向島、尾道市、鞆の浦あたりまで含めて見所が存在します。

 

まず初めに今治側ですと、糸山公園から見る来島大橋のしたにある来島が見れます。この来島とその来島海峡大橋は有名な来島海峡潮流が見ることができ、当時の水軍の根城がどのような場所だったのかがうかがえます。

お次の大島では、有名な村上水軍博物館と、能島が見れます。続いて因島では、因島水軍城が、尾道側に上陸すればお隣の鞆の浦に村上水軍の城あとである鞆城などが存在します。こうした村上水軍ゆかりのスポットは、しまなみ海道や尾道、鞆の浦の観光とセットで訪れるといいでしょう。

 

来島:来島海峡大橋と巨大な潮流

まず初めにしまなみ海道の入り口に登場するのが来島です。来島は村上水軍の一つ来島村上家の根拠地でもあった島で、非常に小さな島です。ちょうど今治側と大島の間にあり、糸山公園から見ることができます。

この来島には船でアクセスすることが可能ですが、なんといっても来島の見所は来島海峡大橋との間にある巨大な潮流の絶景です。来島海峡の潮流は日本三大潮流のひとつにも数えられるほど急な潮流で糸山公園から見てもその勢いがわかります。

さらにこの来島海峡は1日約1200隻もの船が走行する場所であり、かつての村上水軍もこの来島に根拠地を持つことで通行税をとっていたことがしのばれます。ちなみに来島村上氏は当初はその地理的環境から河野氏に属しており来島を苗字にもしていました。

江戸時代にはこの来島から出て、九州の大分県で1万4000石の藩として明治時代まで続きました。

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能島城址

お次に登場するのが能島城址です。能島はしまなみ海道の大島の先にある小さな島で、ここが能島村上氏の根拠地として有名な場所です。村上水軍は戦国時代には強大な勢力を誇りましたが、なかでも能島村上氏の当主である村上武吉が有名です。

村上武吉は戦国時代には三つの村上氏の党首として水軍を率いました。その根拠地が能島城址です。能島城址は先にもご紹介しましたが、現在では季節船によって限定された時期にしかわたることができない無人島です。

かつての能島城には本丸、二の丸、三の丸、出丸などが供えられた本格的な水軍城として知られており、現在ではその水軍城を復活させようという試みもあるとか。観光として訪れる際には大島の道路から眺める形で訪れましょう。

観光スポット 能島城址

村上水軍博物館

村上水軍博物館は、大島にあり、能島城址が見える場所からすぐ近くの場所にある観光スポットです。こちらの村上水軍博物館は、村上水軍の歴史や瀬戸内海の水軍や村上水軍の歴史がわかる博物館です。

3階建ての建物では1階と2階が展示場になっており、3階の展望室からは上記の能島城址も見ることができます。村上水軍の観光スポットとしまなみ海道を回る際には、ぜひとも訪れておきたい観光スポットの一つです。より一層瀬戸内海の景色やしまなみ海道の美しさが染み渡ることでしょう。

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村上水軍博物館の利用案内

住所: 愛媛県今治市宮窪町宮窪1285

電話番号 0897-74-1065

営業時間 9:00~17:00(入館は16:30まで)

定休日 毎週月曜

予算: 大人 300円/65歳以上 240円/学生150円

 

甘崎城跡

しまなみ海道には能島城址以外にも水軍の城を見ることができます。それが甘崎城跡です。こちらの甘崎城跡も渡ることはできませんが、大三島の沿岸からすぐ目の前にあり見ることができます。

甘崎城跡は日本最古の水軍城として知られ、歴代城主は来島村上氏が支配したといわれています。江戸時代初期に廃城になってしまっていますが、現在でも当時の石垣などが残されており、潮が干した時には石垣の光景を見ることができます。

 

因島水軍城

村上水軍の観光スポットとして最大の見所の一つが因島水軍城です。因島水軍城は因島にある一大観光スポットで、巨大な山城の形をした博物館です。

かつてここには片苅城というお城が置かれており、因島村上氏の菩提寺である金蓮寺とセットで見ることができます。因島村上氏はこの因島を根拠地にした水軍で、こちらでは金蓮寺に残されていた因島村上氏の貴重な資料や武具などが展示されています。

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因島水軍城の利用案内

〒722-2323 広島県尾道市因島中庄町3228-2

TEL 0845-24-0936

時間 : 9:30 – 17:00、1月2日3日のみ : 10:00 – 15:00

休日 : 木曜日(ただし祝日を除く)、12月29日-1月1日

料金 : 大人310円、小人150円(ともに団体割引あり)

駐車場50台分

 

鞆の浦に残る村上水軍スポット

しまなみ海道の終点は尾道市ですが、尾道のすぐ隣にある鞆の浦にも村上水軍ゆかりのスポットが存在します。鞆の浦は瀬戸内海の景勝地として知られ、数々の見所スポットがある観光地です。仙酔島や対潮楼など歴史的にも文化的にも見応えがあるスポットが目白押しで、丸一日観光することができます。

しまなみ海道の終点として尾道市だけではなく鞆の浦で過ごしてもいいでしょう。鞆の浦は古来から漁港、貿易港として栄えた経緯がありますが、当然のことながら瀬戸内海の制海権を握っていた村上水軍の拠点も存在したのです。そんな村上水軍の拠点を二つご紹介しましょう。

 

鞆城:流浪の将軍足利義昭を警護

鞆の浦は、戦国時代には毛利氏の支配下にありましたが、実質的にこの地を納めていたのは因島村上氏第6代当主村上吉充です。実際に滞在していたのは村上吉充の弟である村上亮康です。この村上亮康が居城としていた場所が鞆城で、現在の鞆の浦歴史民俗資料館です。

戦国時代後期には足利幕府の最後の将軍である足利義昭がこの地に滞在し、村上亮康が警護に当たっていました。この鞆の浦歴史民俗資料館では、鞆の浦の中でも城らしく高台にあることから、鞆の浦の美しい景色を見渡すことができます。ちなみにこの鞆城は、江戸時代の一国一城令によって取り壊されたともいわれています。

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円福寺:かつての村上水軍の居城。大可島城

もう一つ鞆の浦には村上水軍ゆかりのスポットが存在します。それが鞆の浦の先端に突き出た場所にあるお寺円福寺です。この円福寺はかつて大可島城といわれる城で、上記の因島村上氏の村上亮康の居城として使用されていました。

ここは鞆城の築城とともに廃城にされたといわれていますが、現在は円福寺というお寺で参拝することが可能です。この円福寺から眺める景色は、鞆の浦の中でも実は隠れたスポットとして非常に美しい眺めを提供してくれることでしょう。

また、かつての水軍の居城らしく、海に突き出て船の交通が一目でわかる場所に建てられています。こちらのスポットも村上水軍ゆかりの場所として、おすすめです。

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まとめ

村上水軍は、今では日本の貴重な遺産として扱われ、「“日本最大の海賊”の本拠地:芸予諸島-よみがえる村上海賊“Murakami KAIZOKU”の記憶-」と称されるほどに評価されています。

実際に今治市から尾道、福山の鞆の浦に至るまでには、村上水軍ゆかりの数々の歴史観光スポットが残されており、貴重な体験を提供してくれることでしょう。また、同時に瀬戸内海の美しい景色も堪能することができ、観光にはもってこいのスポットです。

ぜひしまなみ海道から福山まで村上水軍の歴史に思いをはせながらめぐってみてはいかがでしょうか。