旧三笠ホテル。軽井沢に残る明治の高級ホテル

三笠ホテルとは。明治時代を代表する高級ホテル

現在でも日本を代表する避暑地、リゾート地である軽井沢。夏の暑い時期には多くの人が涼しい環境と美しい風景を求めてこの地を訪れます。

そんな日本有数のリゾート地として有名な軽井沢は、日本のリゾート地の歴史を開いた存在ともいえる場所なのです。

そしてそんな明治時代のリゾート地の象徴ともいえる存在が本日ご紹介する旧三笠ホテルです。旧三笠ホテルは、現在国の重要文化財にも登録されるホテルで、今から遡ること100年以上昔、1906年にオープンしたホテルです。

現在は宿泊できませんが、今では避暑地としての軽井沢を象徴する存在として、現在は多くの人が訪れる観光スポットとして見ることが出来ます。

旧三笠ホテルは1970年まで営業を続けたホテルですが、その姿は純西洋風建築と呼べるもので、外から見る美しい建築と同時に内部の部屋なども目の当たりにすることが出来ます。

また、旧三笠ホテルは現在の旅館やホテルなどとも違い、客室30室、40名といわれる小ささで、部屋も当時では超高級レベルの部屋なのです。そんな旧三笠ホテルの見所や、軽井沢の周辺観光スポットをご紹介します。

軽井沢 旧三笠ホテル

 

軽井沢、リゾート地としての歴史

明治維新によって開国し、近代的な政府を作ろうとしていた明治政府は、海外から多くの外国人を雇い入れだけではなく、日本に滞在する外国人も、鎖国していた江戸時代よりもはるかに多くなり、文化や風習も多く取り入れられました。

元来、当時の日本人にとっては避暑地で過ごすといった文化や、リゾート地に行くといった文化などが無かった中、多くの外国人が、リゾート地で過ごすという文化を持ち込んだと言えるでしょう。

実際、もともと中山道の宿場町であった軽井沢にリゾート地として開発をしようというきっかけも、明治19年、1886年に、カナダ出身の宣教師アレキサンダー・クロフト・ショーが、この地を訪れた際に、その美しい風景が、自らの故郷であるトロントの風景に似ていることがきっかけだったと言われています。

その後アレキサンダー・クロフト・ショーは、軽井沢に初めて別荘をたてて当時友人たちを多く招いたのが避暑地としての発祥ともいえるでしょう。

ちなみに現在の軽井沢には、石の教会や、その建築物に西欧風やキリスト教風の雰囲気が残っているのも、一番最初に避暑地として軽井沢を訪れていた人々が、ショーをはじめとした外国人宣教師が多かったことも影響しているでしょう。

その後、明治26年に日本人による最初の別荘が建てられ、明治30年ごろからホテルや別荘などが続々と増え始めたのです。そして明治39年に三笠ホテルが当時の実業家山本直良によって建てられるのです。

旧三笠ホテルは日本のリゾートの歴史の草分け

三笠ホテルが建てられた明治39年ごろは、軽井沢は、日本三大外国人避暑地の一つにも数えられるほどに成長しており、外国人だけではなく日本の多くの知識人や文化人が訪れました。

軽井沢に洋式ホテルが初めて建てられたのは1894年、明治27年のことで、亀屋ホテルが一番最初のホテルです。その後明治30年代からホテルが増え始めましたが、このようにみると三笠ホテルはまさに日本のリゾートの草分け的存在なのです。その多くが、建物の老朽化などでリニューアルされている状況です。

そのような中、泊まることはできませんが、旧三笠ホテルは、明治初期から純西洋建築の変わらぬ姿を残しているのです。

旧三笠ホテルの見所

 

旧三笠ホテルは、築100年以上の明治時代の高級ホテルという、他では見ることが出来ない姿を目の当たりにすることができます。ちなみに明治、大正の西欧文化を象徴する一つの時代が「鹿鳴館時代」ですが、旧三笠ホテルは「軽井沢の鹿鳴館」といわれたほどの存在です。

鹿鳴館は、いわゆる舞踏会やバーティなど、海外からの賓客をもてなすための迎賓館として明治政府が作ったもので、幕末の志士であり、当時の外務大臣であった井上馨が計画しました。鹿鳴館は欧化政策の象徴ともいえるもので、三笠ホテルはそんな軽井沢の鹿鳴館として多くの文化人や知識人に親しまれました。

軽井沢 旧三笠ホテル

美しい洋館のホテルが見れる

軽井沢 旧三笠ホテル

重要文化財にも登録される

当時は一泊20万円以上、明治時代の高級ホテル

このように、三笠ホテルは明治時代では、高級ホテルでしたが、その見所の第一は、当時の姿がそのまま目の当たりにできるという点でしょう。三笠ホテルが開業したのが1906年、廃業したのが1970年ですが、その時点で、50パーセントは開業当初の部分が残されていました。

実際、三笠ホテルには当時の財界人や文化人などが宿泊し、鹿鳴館のような社交の場としての役割をはたしていたと考えられますが、その宿泊料は、一等が12円、二等が8円、三等が5円とのこと。

現在の貨幣価値に直すと、大体一等が一泊24万円、二等が16万円、三等が10万円という値段になり、現在でも超高級ホテルの部類に入るほどの料金です。

しかも客室は30室、定員は40名と限定されており、いわば、富裕層のための限定された特別なホテルだったことがうかがえます。この客室は実際に内部に入って今でも目の当たりにすることができるのです。

軽井沢 旧三笠ホテル

明治時代の洋館がそのまま残る

明治時代の西欧建築ホテル、イギリス風の外観が見所

旧三笠ホテルの開業は当時の実業家であり、日本郵船や明治製菓役員であった山本直良が行いました。建築スタイルは既に述べたとおり、純西洋風建築ですが、竣工は日本人によって行われました。

設計は岡田時太郎、監督は佐藤万平、棟梁は小林代造、で施工は全てここ軽井沢の地元の人々が行いました。また、建築資材も現地のアカマツを使うなど、日本人と日本の素材によって完成されたホテルです。

ベースとなる建築様式はアメリカのスティックスタイルと言われる木造建築の一種で、釘を使わない構造工法が採用されることも。ちなみに、現代ではこのスティックスタイルは鉄筋コンクリートの様式にもデザインがそうなっていれば採用されるとのことです。

旧三笠ホテルはこのスティックスタイルをベースにしていますが、各部分では違う趣が取られており、例えば扉のデザインはイギリス風、下見板はドイツ風など、欧米の要素が全体に詰まったホテルだと言えます。

こうした当時ではなかなか見ることができない西欧建築である三笠ホテルは、大変瀟洒なホテルとして知られ、政財界からだけではなく文人、や墨客などの文化人からも愛され昭和までその絶大な人気を誇ったといいます。

軽井沢 旧三笠ホテル

日本人によって設計された本格西洋建築

軽井沢 旧三笠ホテル

外の環境も美しいです

 旧三笠ホテルの利用案内

所在地:長野県北佐久郡軽井沢町大字軽井沢1339-342

TEL:0267-42-7072

開館時間:9時~17時 (入館は16時30分まで)

休館日:年末年始

入館料:大人400円、子ども200円※乳幼児は無料

 

旧三笠ホテルへのアクセス

旧三笠ホテルは、軽井沢の中心部である軽井沢銀座の商店街から山の方に向かって進んだ奥地にあります。軽井沢銀座は軽井沢駅前に広がる商店街ですが、旧三笠ホテルまで車で10分ほどで行くことができます。軽井沢銀座の街歩きや周辺の観光スポットとセットで訪れることをオススメします。ちなみにカンデオホテルズ茅野から軽井沢は約2時間ほどの場所です。

旧三笠ホテルとセットでみたい

旧三笠ホテルは、軽井沢を代表する観光スポットとして、その周辺には数多くの軽井沢を代表する観光スポットが登場します。

旧軽井沢銀座

旧三笠ホテルから一番違い観光スポットが旧軽井沢銀座です。軽井沢は旧軽井沢と中軽井沢というメインの観光エリアがありますが、旧軽井沢銀座はいわば軽井沢を代表する観光スポットの一つです。

全長500メートルほどの商店街で、数々のお店が立ち並びますが、実はこの旧軽井沢銀座が作られたきっかけが、リゾートとして軽井沢に着目したカナダ人宣教師、アレキサンダー・クロフト・ショーなのです。

アレキサンダー・クロフト・ショーが軽井沢で初めての別荘を開設してから、多くの著名人が避暑地として訪れるにしたがって、リゾート地に来る人たちに向けた商品を提供するのが軽井沢銀座の始まりです。

いわば、著名人たちご用達の商店街として、紅茶やジャム、ハムといった食材や、レストランなどさまざまなお店が立ち並びます。

また、旧軽井沢銀座の特長として、さまざまな教会が登場します。アレキサンダー・クロフト・ショーが宣教師であったことや、その友人たちが多く訪れたことが関係しています。ここでは軽井沢教会や、軽井沢ユニオンチャーチ、軽井沢ショー記念礼拝堂、軽井沢聖パウロカトリック教会などがあります。

石の教会

旧三笠ホテルがある旧軽井沢エリアから車で10分ほどの場所にあるのが中軽井沢エリアです。こちらでは、有名な石の教会があります。石の教会は、日本人宣教師であった内村鑑三を顕彰を目的として建てられた教会で、その名前の通り、石とガラスでつくられた美しい教会です。石は男性を象徴し、ガラスは女性を象徴しているともいわれ、建築物としても一見の価値がある観光スポットです。

軽井沢タリアセン

リゾート地としての軽井沢を象徴する観光スポットが軽井沢タリアセンです。軽井沢タリアセンは、塩沢湖を中心にしてさまざまなレジャーが楽しめる自然観光スポットです。

塩沢湖を優雅に楽しめるボートをはじめ、その周辺にある文化財の建物や美術館、イングリッシュローズガーデン、テニスやゴーカートといったレクリエーションなど、さまざまなレジャーが楽します。

また、軽井沢には多くの文人たちが訪れましたが、軽井沢タリアセンには軽井沢高原文庫があり、堀辰雄など軽井沢を代表する文人たちゆかりのスポットも登場します。レジャー、美術、文学、など避暑地の楽しみが凝縮された観光スポットです。

まとめ 100年前の一流ホテルを見れる

旧三笠ホテルは今では見ることが出来ない、100年以上昔の高級ホテルとしての姿を目の当たりにできます。鹿鳴館時代を代表する建築物で、建物の外観だけではなく建物の内部の客室やロビー、など細部に渡ってみることができる貴重な文化財です。

軽井沢には多くの観光スポットがありますが、旧三笠ホテルはその中においても、かつてのリゾート地の歴史を実感することができるスポットです。