福山にある文学スポット。葛原しげる童謡歌碑

福山出身の童謡作家、葛原しげる

福山は、福山出身やゆかりの文人が多い街でもあるのです。例えば福山出身の有名な文人として代表的なのが井伏鱒二が挙げられるでしょう。井伏鱒二は小説家として有名ですが、他にも福山出身として英文学や随筆を手がけた福原麟太郎や、劇作家の小山祐士など、さまざまな文学活動を行った文人たちが存在します。

そんな福山ゆかりの文人たちの活動は、福山城にある福山文学館でその軌跡を目の当たりにすることができますが、福山の文学を語る上で、本日ご紹介する福山ならではの童謡詩人、童話作家葛原しげるを忘れては語ることはできません。本日は福山出身の文人葛原しげるとその歌碑をご紹介しましょう。また葛原しげるはその祖父でもあり、盲目の琴の名手、葛原勾当とセットで語られることが多いとされています。

葛原勾当と葛原しげるの出身地でもあり、かつての宿場町として栄えたこの地の中心、福山の神辺町でその歌碑を目の当たりにすることができます。

福山 文学スポット 葛原勾当

葛原しげる歌碑へのアクセス

葛原しげるの歌碑は、福山市神辺町八尋にあります。このスポットは電車と徒歩で行くことは難しいので、車で行かれることをオススメします。車では福山の中心部である福山駅から約25分ほど。カンデオホテルズ福山からも25分ほどで行くことができます。神辺町には、かつての宿場町である神戸宿本陣などがあり、こうした神辺町の観光の一スポットとして、葛原しげるの歌碑に訪れることをオススメします。

葛原しげる歌碑はこちらです

全国400校の校歌の歌詞も手がける葛原しげると祖父葛原勾当

葛原しげるとは、明治時代から昭和にかけて活躍した童謡詩人、童謡作家、教育者です。なんと日本全国の400校以上にものぼる校歌の作詞を手がけ、数多くの作品を残しました。ちなみに作詞した童謡の数は、なんと4000篇以上ともいわれており、その中には現代でも有名な高校やボーイスカウト連盟など、さまざまな教育関連の作詞も含まれているのです。

そんな葛原しげるですが、琴の名手であった祖父の葛原勾当といっしょに福山出身の文化人として親しまれています。この神辺町に残る歌碑でも、説明では、祖父葛原勾当と同時に紹介されているのです。祖父の葛原勾当は、江戸時代から明治時代にかけて活躍した作曲家で、3歳の時に痘の病で両目を失明してしまいます。

そのご9歳から琴を習い始め、11歳で京都の松野勾当に師事し琴を学びました。このように葛原勾当は琴を中心にその活動を広げ、22歳の時に勾当のくらいを授かるほどの腕前になったのです。ちなみにこの葛原勾当は、琴の作曲家としても有名ですが、同時に折り紙の名人としてもしられ、さらには16歳の時から71歳で病死するまでのゆうに56年間にものぼる日記がのこされ、現代に残る貴重な文芸の記録として有名です。

葛原しげるは、そんな祖父葛原勾当の流れを受け、自らも歌や作詞の世界で活躍したのです。

福山 文学スポット 葛原勾当

葛原しげるの歌碑がある場所

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福山出身の文人です

まとめ 葛原しげるの生家前に立つ、代表作「夕日」の歌碑

この葛原しげるの歌碑があるスポットは、かつての葛原しげるの生家でもあり、葛原勾当の旧宅前に備えられています。歌碑には葛原しげるの代表作とも言われている「夕日」の童謡碑が描かれています。この「夕日」は洋楽の童謡で大正時代にはレコード発売もされて全国的に有名にもなった作品です。

葛原しげるは4000篇にも登る童謡を残すだけではなく、自らも教育者として教壇にたち、終始ニコニコしていることから「ニコピン先生」の愛称でしられ、数多くの子供たちにしたわれていたといいます。そんな葛原しげると、その祖父葛原勾当にゆかりのスポットとして、文学好きには貴重な観光スポットと言えるでしょう。

カンデオホテルズ福山