小山城址と能満寺。武田家の山城と樹齢1000年の巨大ソテツ

能満寺公園として小山城とセットで見れるスポット

静岡県島田市や吉田町周辺の最大の特長は大井川です。古来からこの地の神としても祀られている大井川は、江戸時代から橋がかけられない交通の要衝としても認識されていました。また、この大井川は、かつての二つの国を分ける国境線でもあったのです。

それが駿河と遠江です。現在この二つの国は、静岡県という一つの県ですが、江戸時代までは二つの国に分かれ、戦国時代にはこの大井川を国境にしばしば戦いが行われました。それが徳川家と武田家の戦いです。

もともと駿河と遠江は今川家の領土でしたが、今川義元が桶狭間の戦いで討ち死にした後は、駿河は武田家に支配され、遠江は徳川家に支配されたのです。この両者の戦いは、三方が原の戦いや、長篠の合戦など大きな合戦が有名ですが、大井川沿いのこの一帯ではしばしば小競り合いが起きた場所でした。

その武田家と徳川家の戦いの舞台となったのが、本日ご紹介する小山城址と能満寺です。現在この二つの史跡はセットで見られる場所で、能満寺の背後の山に小山城が残されています。

それぞれ隠れた歴史的見所があり、能満寺では、樹齢1000年以上ともされる巨大なソテツを見ることができます。一方、小山城址は、武田家の名将として知られ、不死身ともいわれ恐れられた馬場美濃守信春が築城した武田家ならではの築城技術を目の当たりにすることができます。

本日は見所満載の小山城址と能満寺をご紹介しましょう。

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能満寺と小山城址の回り方

能満寺と小山城址、この二つの歴史的な史跡はセットで見ることができます。能満寺は東名高速道路吉田インターから車で10分ほどの場所にあり、駐車場も完備しています。境内はそれほど広くはなく、入り口を入ってすぐに巨大なソテツが登場します。

その後、能満寺の境内の横に石段があるので、その石段を上ると小山城址が登場します。小山城址も戦国時代の小ぶりな山城として、手軽に見ることができます。

 

能満寺の見所。樹齢1000年以上、安倍晴明が植えた巨大なソテツ

能満寺の最大の見所が、樹齢1000年以上を誇ると言われている巨大なソテツです。このソテツは、駐車場に車をとめて案内に従って進むと登場する門をくぐれば、すぐに登場します。このソテツは「能満寺のソテツ」として日本三名木に数えられるほど有名な存在です。

ちなみに能満寺のソテツとセットにされるのが、大阪にある妙国寺のソテツと、静岡市清水区にある龍華寺のソテツです。この能満寺のソテツを植えたのは、陰陽師として有名な安倍晴明です。安倍晴明が生きたのは、今から遡ること1000年以上昔、平安時代で、このソテツは西暦995年に、安倍晴明が中国から持ち帰ったものです。

その高さは6メートルにも及び根元の周囲は約5メートル近くに達するほどの巨木で、最も太い枝でも周囲2メートルほどになっています。そのため、この巨大なソテツが占める敷地の占有面積はなんと東西約8メートル、南北約11メートルといった広大なものになるのです。

その古さもさることながら、その巨大さにも目を奪われることでしょう。ちなみに、このソテツを植えたとされる安倍晴明は、陰陽師として朝廷に仕え、官位は従四位下・播磨守を持つ人物です。また、鎌倉時代から明治時代まで続いた、占い・天文・時・暦の編纂を担当する部署である陰陽寮を統括した安倍氏の租ともいわれているのです。

このソテツはそんな安倍晴明が、大井川から流れてきた大蛇を葬った場所にソテツを植えたため、大蛇の力を得て巨大になったという伝説があります。また安倍晴明とは別に、この巨大なソテツを見た徳川家康が、駿府城に植え替えさせたところ、毎晩城の庭で「能満寺へ帰りたい。」とソテツが泣いたため、ソテツを能満寺へ返したという説があるほどです。その圧倒的迫力は一見の価値ありです。

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小山城址とは。戦国最強武田家の拠点

冒頭でもご紹介したように、ここ小山城は、戦国時代に武田家と徳川家の戦いがたびたび起こった場所としてしられています。能満寺の横の石段を上るとそこに登場するのは、砦のような規模の山城です。

日本各地には多数の城跡が残されていますが、有名なお城は戦国時代後期や江戸時代に入ってから建てられたもので、そういった点からはこの小山城址は、戦国時代全盛期の典型的な砦として貴重な姿を見せてくれます。また、この小山城址では武田家ならではの築城技術がのこる場所として、その見所がまのあたりにすることができます。

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当時は天守閣は存在しなかったとされます。現代になってできた天守閣は展望台として利用できます。

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山本勘助ゆかりの井戸も現存します。

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正面は断崖絶壁ですが、裏からはなだらかな丘陵で登ることが可能です。

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小山城址の見所。武田四天王の一人、馬場信春縄張りの城

小山城は戦国時代に登場した典型的な平山城で平地とそこにある山を中心に建てられているお城です。この小山城の最大の見所は、今も残されている武田家ならではの築城技術「馬出と三日月掘り」なのです。実際の築城を担当したのは、武田信玄に仕えた重臣で、武田四名臣の一人とされる馬場美濃守信春です。

馬場信春は、かつて教来石景政という名前でしたが、名門馬場家を継ぎ、馬場信春となった人物です。その生涯にわたって参加した戦いはなんと70回以上、しかも一度も手傷を負わなかった人物です。こうした経歴から不死身の鬼美濃と恐れられ、周辺諸国にも名をとどろかせた武将なのです。

また、馬場信春は合戦以外にも優れた手腕を発揮し、特に築城技術は、同じく武田家の軍師として有名な山本勘助に教わったと言われているのです。いわばこの小山城は、戦上手としても築城上手としても知られる馬場信春が知恵を傾けて築城したお城なのです。そのため、この城は約10年以上もの間、徳川家の侵攻を防いだという実績を持っているのです。

その最大の特長が構造で、台地の突起部分が戦闘の正面に来るように設計されており、攻める側は常に防御側の高いところから一方的に攻撃を受ける形になっているのです。また、城内にほられている三日月堀は、武田家ならではの築城技術であり、そのままの姿が見ることができます。

ちなみにこの城の城主は元上杉家臣でもあった大熊朝秀で、1582年までこの城を守りきました。城の中心的な構造物は丘の上に建設されています。実はこの小山城には天守閣が建てられているのですが、戦国時代には天守閣があった事実はなく、1987年になって、物見台があった場所に美濃の犬山城をモデルにした模擬天守を展望台として立てたものです。

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武田家の四天王の一人、馬場信春が縄張りを行った名城として知られています。

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築城技術が見所のお城ですね。

小山城址と能満寺の利用案内

所在地:榛原郡吉田町片岡2519-1

 

小山城址と能満寺へのアクセス

小山城址と能満寺は静岡県吉田町にあります。能満寺は東名高速道路吉田インターから車で10分ほどの場所にあり、駐車場も完備しています。現在は能満寺公園として小山城とセットで見ることをおススメします。

カンデオホテルズ静岡島田は前述の東名高速道路吉田インターチェンジのすぐ目の前にあるため、能満寺までは10分ほどで行くことが可能です。

小山城址・能満寺とセットで見たい島田市の観光スポット

小山城址と能満寺は、島田市のすぐ近くにあります。そのため島田市の観光スポットとセットで見ることをおススメします。

島田市は、大井川沿いにあることから、大井川ゆかりの観光スポットや、お茶の一大生産地として有名な牧之原台地などが見所です。ここでは、そんな島田市の見所スポットを合わせてご紹介いたしましょう。

 

大井川ゆかりのスポット。蓬莱橋や大井神社、島田宿

島田市の観光スポットとして有名な存在が、蓬莱橋や大井神社、島田宿です。これらの観光スポットは全て大井川ゆかりのもので、貴重な歴史的な存在も多数登場します。蓬莱橋は、明治時代、1879年に作られた木造の橋で、全長897.4m、幅2.4mであり、「世界一長い木造歩道橋」としてギネスブックにも認定されています。

この蓬莱橋は、牧之原台地へ続く橋で、明治初期に不毛の大地を開墾し茶畑にしようと頑張っていた牧之原台地を宝の山と見立てて名づけられました。こちらは歩行者と自転車だけが通行することができます。大井神社は、大井川を神さまとして祀る神社であり、島田市だけではなくこのあたり一帯の中心ともいえる神社です。

大井川は、古代からこのあたり一帯に川の恵みももたらしましたが、同時に氾濫などによって災いももたらしました。こうしたことから、大井川は神さまとして祀られ、信仰されているのです。

島田宿は、江戸時代、東海道に作られた宿場町です。大井川は江戸時代、その防衛上の観点から橋が架けられませんでした。そのため、江戸時代の旅人たちは、この島田宿から対岸の金谷宿にわたる際には、川越人足といわれる人足に担がれて、わたる宿場町なのです。ここでは、そんな川越人足の街並みや、遺跡がのこされています。

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牧之原台地エリア

一方、牧之原台地エリアでは、日本最大のお茶の産地として、広大な茶畑を目の当たりに擦ることができます。牧之原台地の茶畑は、じつは明治時代に入ってから作られたもので、明治までは不毛の大地でした。この不毛の地を開拓したのは、版籍奉還で家禄を失った徳川の武士たちでした。

自らと家族を養うために不毛の大地に鍬をいれ開墾した成果が、現在では、日本で最大のお茶の産地になっているのです。この牧之原台地は、牧之原公園からも大井川の絶景が見れたり、お茶の郷では、お土産のお茶を購入することができます。

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まとめ

これまでご紹介してきたように小山城は小規模な作りながら、天守閣を除けば戦国時代さながらの実戦的なあらあらしい遺構として、前述の馬出や三日月掘り、さらには丘の緩やかな傾斜の部分にある大手門も復元されており、典型的な平山城の姿を目の当たりにすることができます。

また展望台である天守閣には200円の入場料を払えば町内を一望するほどの眺めを見渡すことができるため一見の価値はあるでしょう。また能満寺の見所である樹齢1000年にものぼるソテツは、その歴史的な価値だけではなく巨大な迫力も見所です。と是非能満寺とセットで小山城を訪れることがオススメです。