静岡の小山城跡。戦国時代の武田家の築城技術が見所

戦国時代の武田家の徳川侵攻拠点。小山城

現在の静岡県はかつて江戸時代には3つの国で構成されていました。現在の静岡市付近を駿河、島田市や吉田町付近を遠江、そして岡崎市付近で名古屋にも近いあたりを三河と言っています。このうち戦国時代の元亀天正の時代には、三河と遠江を徳川家康、駿河を山梨県から侵攻してきた武田信玄が支配していた時代です。

武田信玄は、駿河の隣の遠江をも攻略しようと、徳川家康と盛んに争っていた時代です。そんな時代の城跡が実はこの吉田町には現在も残されています。それが本日ご紹介する小山城跡。現在は能満寺公園としてお寺とセットで観光するスポットにもなっていますが、小山城にはかつての武田家ならではの築城技術も残される山城として今でもその姿をとどめているのです。

武田信玄の遠江攻略の足がかりとして築かれたこの城は、台地を利用して作られた典型的な平山城で、能満寺公園からのぼる急な階段を登って行くことができます。本日は戦国時代の武田家ならではの築城技術が見れる小山城をご紹介します。

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小山城へのアクセス

小山城は吉田町にあり、静岡空港からも近い場所にあります。現在は能満寺公園として、能満寺とセットで見れる観光スポットです。東名高速道路の吉田インターからも近く、吉田インターの目の前にあるカンデオホテルズ静岡島田からも車で12分ほどで行くことができます。駐車場も整備されているため、車をとめて観光することが可能です。小山城は能満寺の裏手にある急な石段を登った先で見ることができます。

小山城はこちらです

武田四天王の一人、馬場信春縄張りの城

小山城は能満寺から入り、その隣にある石段を登った先に登場します。冒頭でも述べたとおり典型的な平山城で、城の中心的な構造物は丘の上に建設されています。実はこの小山城には天守閣が建てられているのですが、戦国時代には天守閣があった事実はなく、1987年になって、物見台があった場所に美濃の犬山城をモデルにした模擬天守を展望台として立てたものです。

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当時は天守閣は存在しなかったとされます。現代になってできた天守閣は展望台として利用できます。

むしろ小山城の最大の見所は今も残されている武田家ならではの築城技術である馬出と三日月掘りだと言えるでしょう。またこの小山城の構造自体が、台地の突起部分を戦闘の正面に来るように設計されており、小規模な城であるにも関わらず10年以上も徳川家からの侵攻を守り抜いた実績を持っています。

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武田家の四天王の一人、馬場信春が縄張りを行った名城として知られています。

ちなみにこの城の城主は元上杉家臣でもあった大熊朝秀で、1582年までこの城を守りきました。小規模な城ながらこれほど長期間にわたり守り抜いたのは、大熊朝秀の武将としての能力もさる事ながら、城の設計にも大きく起因していると言われています。

ちなみにこの小山城の縄張りを行ったのは、武田家の中でも武田四天王に数えられ、数々の戦で武功をたてた馬場信春だと言われています。馬場信春は40年間にわたり70回以上もの戦に参加した武将ですが、ただの一度も傷を負わなかったという伝説を持ち、不死身の鬼美濃と言われたほどの武将。

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築城技術が見所のお城ですね。

また有名な山本勘助から築城技術を教わり、武田領国内の数々の城の設計を行った築城の名手として知られています。小山城はそんな武田家の中でも重鎮とされる武将が築いた城です。

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山本勘助ゆかりの井戸も現存します。

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正面は断崖絶壁ですが、裏からはなだらかな丘陵で登ることが可能です。

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まとめ

こうしたことから小山城は小規模な作りながら、天守閣を除けば戦後時代さながらの実践的なあらあらしい遺構として、前述の馬出や三日月掘り、さらには丘の緩やかな傾斜の部分にある大手門も復元されており、典型的な平山城の姿を目の当たりにすることができます。また展望台である天守閣には200円の入場料を払えば町内を一望するほどの眺めを見渡すことができるため一見の価値はあるでしょう。

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