紺屋海道。半田市に残る古き町並み

かつての貿易で栄えた半田の名残がわかる

ミツカンなどの企業で知られる蔵の街半田。江戸時代から酒造業で栄え、江戸にまで輸出されていたほどです。この半田の観光の見所は、蔵の街の雰囲気や酒造業の町並みをほのかに残す雰囲気です。黒塀によって囲まれた蔵が半田運河沿いに残り、國盛酒の文化館など、半田と酒造業の歴史が残るスポットが見所です。

そんな蔵の街として知られる半田ですが、もう一つ、かつての雰囲気をほのかに残す町並みが残っているのです。紺屋海道と言われるその町並みは、かつての半田のもう一つの歴史を感じさせてくれる一体。半田出身でごんぎつねの作者でもある新美南吉が通った一体としても知られるスポットです。

ちなみに紺屋海道の紺屋とは一般的に「こうや」と読まれますが、この海道の場合は「こんや」と呼ばれます。現在の場所は上半田と言われる一体にあり、ほんのわずかにかつての江戸時代の雰囲気が忍ばれるのです。蔵の街半田の貿易港としての歴史に深く関わって栄えたかつての街道、紺屋海道をご紹介しましょう。半田のもう一つの見所として、また街歩きのスポットとして最適です。

半田市 町並み 紺屋海道

紺屋海道へのアクセスと周辺の観光スポット

紺屋海道は知多半田駅から徒歩で約5分ほどの場所にあります。半田市のメイン観光スポットである國盛酒の文化館や半田運河の一体からは徒歩10分ほどの場所に。半田の街歩きの一スポットとして訪れることができます。ちなみに半田の観光スポットは、上記の紺屋海道などは知多半田駅が近く、半田運河などは半田駅が近いので電車でアクセスする場合は注意が必要です。

また半田の待ちを回るにはレンタサイクルなども利用することができます。知多半田駅前にあるクラシティ半田に入っている半田市観光協会で有料でレンタサイクルを借りることが可能です。ちなみにカンデオホテルズ半田は知多半田駅のすぐ近くにあり、紺屋海道までは歩いて5分ほどでいくことが可能です。

紺屋海道はこちらです

貿易で栄えた半田ゆかりの染物の町

紺屋海道の紺屋とは、江戸時代の染物屋のことをさします。そのためこの半田市の紺屋海道も江戸時代に多数の染物屋があったことから紺屋海道と言われているのです。ちなみにもともと紺屋とは藍染の専門職人のことを指しましたが、江戸時代に入ってからは広く染物屋の代名詞とされています。

もともと半田市は冒頭でご紹介したとおり、酒造業で栄えた町としてしられ、当時は半田運河の近くまできていた半田港に、千石船が出入りし大阪や江戸にまでこの地の酒が運ばれていたのです。そのため、ふるくから船の帆を染める染物屋が半田にはあり、こうしたことから紺屋海道と言われているのです。

半田市 町並み 紺屋海道

いまではほぼ普通の住宅街の中にひっそりと残っている感じです。

半田市 町並み 紺屋海道

ところどころ情緒たっぷりの場所が残されています。

半田市 町並み 紺屋海道

誰もいない静寂の道を行くことができます。

新美南吉が通った街道

この紺屋海道は今は普通の住宅街となっており、そのとおりには江戸時代の名残はわずかしか残されていません。この紺屋海道はこの地の有名な童話作家新美南吉にゆかりの街道として知られており、半田市の中心市街地に向かうために新美南吉が利用していたとされています。

新見南吉がよく利用していた「同盟書林」という書店や勤めていた安城高等女学校へ向かうための国鉄半田駅(現在のJR半田駅)に出るためのとおりだったのです。この紺屋街道の先にある、新美南吉の実家とともに日本を代表する童話作家の軌跡を感じる事ができるでしょう。

半田市 町並み 紺屋海道

新見南吉が通った道としても知られています。

半田市 町並み 紺屋海道

そのまま進めば新見南吉の家にも行くことができます。

まとめ

紺屋海道は江戸時代から明治時代にかけての半田市の名残をわずかながらに残すスポットです。半田の最大の見所の一つでもある蔵の街の雰囲気とともに、染物屋が並んでいた一体の町として足を伸ばしてみてはいかがでしょうか。