神辺本陣。福山で参勤交代の大名の宿泊施設

大名の宿泊施設である本陣が現存する神辺

かつて江戸の人口の約半数は武士と言われていました。それは参勤交代で毎年国本から江戸に出府してくる武士によって占められていたからです。

参勤交代は日本全国の武士が街道を何日もかけて江戸に登ってくる一大イベント。各街道沿いには数多くの宿場町が設けられ、宿場町には数多くの武士を泊めるだけの宿泊施設が設けられました。

この宿泊施設も、武士の階級などによって種類が区分され、中でも大名が泊まるものは本陣と言われて、それは雄大なものでした。江戸時代に作られたこうした宿場町と本陣、脇本陣などの建物は、明治時代以降、近代化の仮定でその多くが失われてしまいましたが、今でもそのうちのいくつかは現存してその姿をとどめています。

本日ご紹介する神辺本陣もそんな貴重な江戸時代の文化財の一つと言えるでしょう。神辺本陣は福山市の神辺地方に残る西国街道の本陣で、約250年前の姿をそのまま残しています。広島県に唯一現存する本陣あととして目の当たりにすることができます。

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神辺本陣へのアクセス

神辺本陣は神辺駅から徒歩10分ほどで行くことができます。また付近には、かつてのこの地の居城であった神辺城跡があり、こうした史跡めぐりの1スポットとしていくのもいいでしょう。

その場合は電車よりも車で回ることをオススメします。車では福山駅前の中心部から約20分ほどで行くことができます。またカンデオホテルズ福山からも約20分ほどでいくことが可能です。

西国街道の宿場町として栄えた神辺

神辺はかつて備後の国と言われたこの地域いったいの中心的存在でした。神辺本陣からすぐ近くにある神辺城跡は、かつて備後国の居城として機能し、福山城が江戸時代に建設されるまでは、備後一国を見渡せる本拠地として知られていました。

そうした歴史的経緯から、この神辺周辺も西国街道の通り道の宿場町として機能し、参勤交代時には備後から西の多くの西国大名がこの場所をとおり、宿場町で骨を休めたと考えられます。

神辺本陣はそんな宿場町の中でも、大名が宿泊もしくは休憩するスポットとして、250年前の姿をそのままとどめている大変貴重な本陣跡です。

この神辺周辺は、ちょうど備中高屋宿と、備後今津宿の中間地点に位置し、賑わいを見せていました。この神辺本陣は、この地域の豪商で代々酒造業を営んでいた尾道屋菅波家がその運営をになっており、本陣の隣に位置している西本陣は筑前52万石の大名である黒田家の専属契約だったと言われています。

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部屋数27、畳1100枚の広大な本陣が現存

この神辺本陣は部屋数が27、畳数1100余枚と言われる広大な本陣で、大名とその側近、介添えの武士を含めなんと50人から70人もの武士の収容が可能で、大名も安心して宿泊できたものとされています。

また、この本陣施設には表門、表土塀、番所、内蔵、内土塀、主屋などから構成される広大な施設で、これほどの巨大な本陣施設がそのまま残っているのは極めて珍しいと言えるでしょう。

ちなみにこの本陣の担い手であった酒造業の設備はその一部が消滅してしまっていますが、本陣としての機能を司る宿泊施設の大部分は今尚その姿が残されています。

内部も公開日には入ってみることができますが、外側をおおう黒塗りの土塀や、正面の門は、大名の宿泊施設にふさわしい雄大なもので、当時の宿場町としての神辺の姿が目の前に浮かぶようです。

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まとめ

神辺本陣は神辺の中心的存在として、その姿を今も目の当たりにすることができます。かつてこの地の中心的存在としてまた、江戸時代の参勤交代の主役として現存する建物は圧巻です。是非一度は見ておきたい施設です。

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