常夜灯と雁木。鞆の浦に残る江戸時代の風景

福山鞆の浦のシンボル。江戸情緒たっぷりの常夜灯と雁木

福山の名勝鞆の浦は、江戸時代からの町並みが続く、日本でも数少ない街の一つです。また同時に瀬戸内海に接する島々の景色は朝鮮半島より東で最も美しいスポットと評されるほど。

そんな鞆の浦ですが、街のいたるところにさまざまな見所が存在します。歴史的スポットや史跡、景色など街全体としての完成度も高いのですが、一つ一つにも重厚な見所がある鞆の浦。

本日はそんな鞆の浦の観光スポットのうち、ある意味中心部とも言えるスポットにある常夜灯と雁木に焦点を当ててご紹介しましょう。

古くからの町並みの中心的存在である太田家住宅と、いろは丸展示館などが立ち並び、昔ながらの港町の雰囲気を残す鞆の浦の見所の一つと言えます。福禅寺対潮楼や弁天島、仙酔島などの景色が美しいスポットとは、また違う、鞆の浦の江戸時代の顔がわかることでしょう。福山 鞆の浦 観光スポット 常夜灯 

鞆の浦の見所、常夜灯と雁木へのアクセス

鞆の浦の見所スポットの一つ常夜灯と雁木は、いろは丸展示館のすぐ近くにあります。鞆の浦の街歩きは、仙酔島までの渡船、平成いろは丸乗船場をスタート地点にして、福禅寺対潮楼から巡るのがオススメ。

対潮楼から国道22号を海に向かえば、そこからの景色は雁木と常夜灯が見える鞆の浦ならではの風景が広がります。常夜灯へ向かうためには一旦、市街地の路地に入り、その後太田家住宅を通っていくことができます。

鞆の浦までは自動車でアクセスし、いろは丸乗船場付近の駐車場に停車して、歩いて周遊しましょう。ちなみに福山市内にあるカンデオホテルズ福山から鞆の浦までは車で25分ほど。1日楽しむことができます。

 

 かつての鞆の浦の殷賑を忍ばせる日本で数少ない常夜灯

鞆の浦の常夜灯と雁木の部分は、江戸時代後期に建設されたもの。鞆の浦の街並みと相まって、江戸時代ならではの雰囲気を堪能することができます。ちなみに常夜灯とは、読んで字のごとく常にあかりを灯している街灯のこと。

電気やガスがとおり街灯が当たり前の現代では夜でも明かりが絶えることがありませんが、インフラとして電気が通っていない江戸時代においては、常夜灯は江戸時代夜道の安全の道しるべとして重宝されました。

また、単純に街道沿いに建設するだけではなく、鞆の浦のように港町の灯台の役目として使われたこともあります。さらには集落や街の中心的存在として親しまれていた経緯があります。

鞆の浦の常夜灯も、建設されたのは安政年間1859年で、幕末の動乱期ながら、商いで栄えたこの港町のシンボル的存在として現代まで親しまれています。鞆の浦の常夜灯は、高さが5m以上,基礎石が3m以上の巨大なもの。

金毘羅大権現と当所祇園宮が祀られており、航海の安全が祈願されていました。ちなみにこの鞆の浦の地は、太田家で見られるように将軍家御用達のお酒保命酒の製造販売で栄えた地域。

太田家の元の持ち主、酒造業を営んでいた中村家のもと、大いに保命酒の交易で栄えたとされます。この常夜灯も太田家から寄贈されたものとして、現代まで伝わります。

ちなみに日本国内でこれほど立派な常夜灯が残されているのは、鞆の浦を含め非常に数が少ないため、とても貴重です。

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常夜灯とセットで。浜の大雁木

この常夜灯とともに、セットで景観を構成しているのが、浜の大雁木です。雁木とは「がんき」と読み船着場にある階段上の建造物のことをさします。この雁木の役割は船着場において船が発着する際の設備として使用され、潮の干潮と満潮による海面の上下に関係なく船が付けられるためのものです。

現代では浮き桟橋が船の発着、乗り降りの主流として使用されているため、雁木は近代以前に使用されていた港湾設備ということができるでしょう。

今ではほとんど姿を消しつつある雁木ですが、ここ鞆の浦では「浜の大雁木」として目の当たりにすることができます。この浜の大雁木は江戸時代の1811年に埋め立てられて作られたもので、常夜灯とともに鞆の浦を代表する景色の一つとして見ることができます。

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まとめ

鞆の浦は、太平洋戦争の時にも福山で空襲からまぬがれた地域として知られます。また、過去の歴史においても大規模な地震や火災などにもあわなかったことから、街全体が古くからの建築物が多く残り、美しい街並みを構成しています。

本日ご紹介した常夜灯や雁木などもこうした貴重な史跡の一つと言えるでしょう。鞆の浦には多くの美しい景観スポットが多く存在しますが、常夜灯と雁木の一体は見所の一つとしておすすめです。