島田の観光スポット、世界一長い木造歩道橋「蓬莱橋」

明治時代まで橋がなかった大井川

かつて江戸時代において東海道の宿場町として栄えた静岡県島田市。参勤交代による大名行列や多くの人が行き交うこの街では、「川越」と言われる変わった交通制度がありました。「川越」とは、その名のとおり、川を人の肩や馬の背中に乗って越す制度のことで、具体的には、静岡県大井川を渡すことをさします。実はこの「川越」と言われる制度、明治時代に蓬莱橋がかけられるまで続けられていました。

川会所において川越銭を支払い渡してもらうという大変な手間をかけていたのです。これは江戸幕府の政策によるもので、なんと驚くべきことに、270年近くもの間、ここ大井川では「川越」による移動が行われていました。これは江戸幕府の体制が徹底した徳川家保護主義にあり、江戸防衛の理由からわざと橋をかけなかったことが挙げられます。

ちなみに江戸幕府の防衛思想は徹底しており、諸国の大名に武器の製造や改良を禁止したり、参勤交代によって膨大な費用を使用させ、謀反を起こすエネルギーを根こそぎ費やさせるなど、あらゆる禁制によってなりたっていました。そのため大井川にわざと橋をかけないということもそうした政策の一環と言えるでしょう。

そんな歴史を持つ大井川と島田の街ですが、明治維新によって太政官政府ができると「川越」の制度が廃止され、大井川に橋をつくることが許されます。そこでできたのが蓬莱橋です。今でも島田の名所として知られ、なんとギネスブックにも掲載されるほどの橋として知られます。本日は静岡県島田の名所蓬莱橋をご紹介します。

蓬莱橋

世界最長897.4メートル、ギネス記録を持つ蓬莱橋

蓬莱橋は、全長897.4メートルの世界一の長さを誇る木造の歩道橋として知られ、ギネスブックにも登録されています。今でも静岡県島田の観光スポットして人気があり、貴重な歴史的施設を見ようと多くの人が訪れます。ちなみになぜ897.4メートルかというと、やくなし=厄無しの語呂合わせで、縁起が良いはしとも認識されるほど。

天気のいい日では橋の途中で富士山を眺めることもできます。造で最長というほかにはない特長から、休日には多くの観光客が訪れ、映画の撮影にも使用されるスポットでもあります。

蓬莱橋

世界一長い木造の橋

日本一の茶の産地をつなぐ、開拓者たちの橋

そんな蓬莱橋ですが、作られたのは1879年明治12年。今では静岡県最大規模を誇り、全国でも最大のお茶の生産地である牧之原台地の開拓民たちの出資で建てられました。今でこそ牧之原台地は日本最大の茶の産地として知られていますが、明治初期は米作にも向かない不毛の地でした。

当時の士族は近代国家が成立したことから、先祖伝来の家禄を失い、食っていくのも大変な時代。そんな無録の士族たちが不毛の地である牧之原台地に入植して今の日本一の茶畑にした経緯が忍ばれます。

蓬莱橋は、そんな開拓者たちを安全に渡らせることから生まれた橋。開墾するにあたり、大井川を船で渡って行き来するのは大変危険で、また手間もかかることから、橋の建設が行われることに。開拓民の出資でつくられたため、開設当初は、通行料をとったため、その名残から橋を渡るのは今でも通行料が必要です。

これは現代でも数少ない賃取橋の一つとして有名になっています。通行料金は大人と自転車が100円で子供が10円で、通行時間は8時30分から夕方5時まで。木橋の入口から往復は約30分から40分程度でいくことが可能なので、是非渡ることをオススメします。

蓬莱橋

日本最大の茶畑へとつづく

まとめ・アクセス

蓬莱橋は不毛の地を耕し、日本一のお茶の生産地まで発展させた開拓者たちの願いが詰まった橋です。そんな蓬莱橋は台風や川の増水などによる数々の崩落にも復活し、今でも大切に保存されています。

ちなみに、橋脚はコンクリートパイル化されており、改修から復活し2012年に開通式が行われました。そんな貴重な蓬莱橋は静岡県の観光スポットとしてオススメの場所です。カンデオホテルズ静岡島田からも車で15分ほどなので是非、訪れてみてはいかがでしょうか。

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