本芳我邸。内子町の豪商の勢威がわかる町並みスポット

木蝋生産と豪商の名残が残る、内子町の八日市護国地区

内子町は江戸時代から明治時代にかけて木蝋生産で日本一の生産量を誇っていました。もともと伊予大洲藩の殖産興業として始まった木蝋生産は、木蝋を原料とする製品の拡大によって明治時代には海外にも輸出されるほど。

当時の木蝋はロウソクだけではなく、化粧品やクレヨンなどの製品に使用され、明治時代の近代化にともなってその需要もますます拡大していったのです。その後ロウの原料として石油が主流となると木蝋産業は衰退していきますが、内子町には当時の商人の町をそのまま残す町並みが残されているのです。

それが内子町で最大の見所でもある八日市護国地区と言われるとおり。全長600メートルにも及ぶこのとおりは、木蝋生産の中心的存在でもあった豪商、芳我家に関する建築物が多く残されているのです。本日ご紹介する本芳我邸もそんな芳我家に関する建物。外観と庭園を見学することができ、その豪壮な造りと庭園などから当時の内子町と豪商の勢威を感じることができます。

内子町 観光スポット 町並み 本芳我邸

本芳我邸へのアクセスと周辺の観光スポット

本芳我邸は八日市護国地区のちょうど真ん中あたりにあります。八日市護国地区は全長600メートルに及ぶとおりで、このとおり沿いに、さまざまな歴史的な建物が残されています。そのため八日市護国地区は建物一つ一つも見所ですが、町そのものが伝統的に価値があるとされ重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

ちなみにこの八日市護国地区は冒頭でご紹介したとおり木蝋生産の拠点としてその中心的存在であった芳我家の建物が多く残されています。この本芳我邸の少し手前には上芳我邸木蝋資料館があり、木蝋生産の生産工場や豪商、上芳我家の内部の邸宅、さらには江戸時代や明治時代に作られた木蝋の美しい製品が展示されています。

八日市護国地区へのアクセスには、車でアクセスする場合には、高昌寺の手前の駐車場にとめて街歩きを開始するのがベストです。高昌寺から本芳我邸までは徒歩7分ほどで行くことができます。本芳我邸から内子町のもう一つの見所である内子座までは歩いて10分ほどの距離です。カンデオホテルズ松山大街道から内子町までは車で40分ほどで行くことが可能です。

本芳我邸はこちらです

豪壮さと細部のこだわりが美しい豪商の邸宅

本芳我邸は木蝋生産の豪商であった芳我家の邸宅です。邸宅の内部には入ることができませんが、その外観と庭園などを見ることができます。その邸宅の外観は豪商の家にふさわしく、漆喰によって作られた破風は一見の価値ありです。

ちなみに破風とは屋根の妻側の造形のことで、日本の神社や城郭といった伝統的な建築物によく見られます。この本芳我邸の破風は鏝絵や懸魚、鬼瓦といったこだわった意匠が漆喰によって作られており、こうした細部のこだわりが江戸時代の豪商らいし感じが伝わります。

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門をくぐると登場する日本家屋と庭園が見所です。

内子町 観光スポット 町並み 本芳我邸

木蝋で栄えた豪商、本芳我家の勢威が伺えます。

この本芳我邸は外観の豪壮な雰囲気と、細部のこだわりが楽しめますが、本芳我邸のすぐ近くにある上芳我邸では内部の邸宅も入ることができます。ちなみに内子町の街歩きで芳我家関連の建築物は、この本芳我邸と、既にご紹介した上芳我邸木蝋資料館、本芳我邸と上芳我邸の間にある中芳我邸、さらには八日市護国地区をすぎて内子町のメイン通りにある下芳我邸と、全部で4箇所にその姿を残しています。

上芳我邸では豪商の邸宅と木蝋生産の全てが、中芳我邸では庭園が、下芳我邸では伝統建築の内部でランチや休憩ができます。是非全ての芳我家関連のスポットを巡ってみてはいかがでしょうか。

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細部までこだわった建築が見所。

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中には入れませんが通り沿いからも雄大な姿がわかります。

まとめ

内子町の木蝋生産はロウソクの原料が石油にとって変わられてからは衰退しましたが、その歴史的な建物は今もなおその姿を残しています。また内子町はこうした歴史的建物だけではなく、商人をうむDNAが残されているのかもしれません。それはこの地から現代の日本経済を支える有名企業の創業者を生み出しているといったことからも感じられます。内子町の豪商たちの邸宅を眺めながら、現代の日本経済にも脈々と受け継がれていることに思いを馳せてみるとより一層街歩きが充実することでしょう。