法華寺。庭園から浴室まで見れる

法華寺とは。光明皇后創建のお寺

奈良の観光の特長の一つがお寺です。東大寺や興福寺を初め、奈良は日本の仏教の発祥ともいえる場所であり、飛鳥時代以降、数多くのお寺が建設されました。今回ご紹介する法華寺もそんな奈良を代表するお寺のひとつです。もともと、仏教は聖武天皇の時代に、国を統治するための中心として位置付けられ、日本各地にお寺が建設されるとともに、その中心として東大寺が建設されました。

日本各地のお寺は国分寺といわれ、その中心である東大寺は総国分寺とされました。いわば総国分寺である東大寺の役割は、僧侶を養成し、各地の国分寺を束ねる存在だったのです。そして、今回ご紹介する法華寺は、東大寺と並び、総国分尼寺として作られたのが始まりです。

いわば尼寺の総本山であり、建設も聖武天皇の皇后であった光明皇后によってはじめられたのです。東大寺が創建当初からの広大な伽藍が残っている一方で、法華寺はかつての伽藍は失われてしまっていますが、美しい日本庭園や境内など、どこか尼寺であったことを感じさせてくれる優しい雰囲気がただよっています。

今回は奈良のお寺のなかでも、優雅なひと時を与えてくれる法華寺をご紹介しましょう。

法華寺

法華寺の歴史

法華寺は、既にご紹介した通り、聖武天皇の皇后であった光明皇后によって開基されました。光明皇后は藤原不比等の娘で、もともと法華寺があった場所には藤原不比等の邸宅があった場所だとされています。ちなみに藤原不比等は、大化の改新を成し遂げた藤原鎌足の次男で、藤原氏の祖とされる人物です。

平安時代を通じて政治の中枢にありつづけた藤原氏の礎をきずいた人物です。一説によると天智天皇の落胤という説があり、養老律令の編纂につとめ、藤原氏の氏寺とされる興福寺を作りました。法華寺はこの藤原不比等の没後に、光明皇后が邸宅を継承し、跡地に建設を開始しました。

そして、大仏と巨大な大仏殿を持つ東大寺とともに、日本全国の総国分尼寺の中心として建設が開始されました。その大きさは、南北3町、東西2町にも及ぶ巨大なもので、平城京の東宮に接する形で作られたのです。

その後、平城京から京都の平安京に遷都されるにおよび、法華寺は荒廃しました。平安時代の末期に、平重衡が東大寺や興福寺を焼き打ちした際には、法華寺もその兵火に巻き込まれ被害をうけたと言われています。

東大寺や興福寺は、東大寺中興の祖といわれる重源に再興されましたが、法華寺も重源によって再興されたと言います。更に時代は下って戦国時代入ると更に兵火によって焼失することとなります。戦国時代には管領細川政元の家臣であった赤沢朝経によって焼き討ちされ、伽藍を焼失しました。

因みにこの赤沢朝経という武将は変わった経歴を持ち、本領は、長野県に領地を持っていましたが、息子に家督をゆずり、自らは上京して細川家につかえ、細川家の領土拡大に努めた武将です。その後赤沢朝経は丹後攻略中に討ち死にし、赤沢氏は長野県に戻ることになりました。

いずれにせよ法華寺はこの赤沢朝経によって焼失させられ、奈良時代以降の伽藍は失われることとなったのです。法華寺が復興されるのは、豊臣秀頼と淀殿によってで、現在残る本堂や鐘楼はその時復興されたものなのです。

法華寺

法華寺の見所とは

法華寺は、奈良の他のお寺とは違い、どこか雅な雰囲気がただようお寺です。そこでは豊臣秀頼や淀殿によって復興された境内を初め、美しい日本庭園や珍しい浴室(からぶろ)と言われる独特の建物が残されています。

優雅な散策が楽しめる

法華寺の観光の特長は、何といっても優雅な散策が楽しめる点です。美しい境内と文化財、日本庭園、植物園までそろっており、決して巨大なお寺ではありませんが、随所に雅な雰囲気がただよい、ゆったりとした時間を過ごすことができます。

法華寺

本堂。豊臣秀頼と淀殿が再建した重要文化財

法華寺は創建当時の伽藍は兵火で焼失してしまっていますが、それでも本堂は、今から遡ること400年以上昔、豊臣秀頼と淀殿によって再建されたものです。創建は1601年で国の重傷文化財です。その姿は美しく優雅な雰囲気がただよいます。

因みに、豊臣秀頼と淀殿は多数の神社仏閣の復興を行っていました。その理由は淀殿が息子である秀頼の身の安全を神仏に願うということがあります。また、そのように仕向けたのが徳川家で、豊臣家が持つ莫大な財産を日本各地の荒廃した神社仏閣の復興に資金をつかわせることで、消費させようとしていた背景があります。

法華寺

鐘楼。本堂と共に復興された鐘楼

もう一つ鐘楼も豊臣秀頼と淀殿によって復興されたものになります。鐘楼の鬼瓦には慶長7年(1602年)の刻銘が彫られており、形の形式や細部のものが本堂と同様、当時のものということがわかります。また、鐘楼も本堂と同じように、鎌倉時代や室町時代の部材が混合して使われています。こちらも重要文化財です。

法華寺

南大門

本堂、鐘楼と同じく南大門も豊臣秀頼と淀殿によって復興されたものになります。切妻造、本瓦葺の四脚門であり、こちらも重要文化財です。

名勝の日本庭園

法華維持には名勝の日本庭園があります。江戸時代前期の作庭とされるもので、前庭、内庭、主庭の3部から構成されています。こちらの庭園は5月から6月の季節にはカキツバタといわれる紫色の花が有名で、美しい姿を目の当たりにできます。

またこの庭園にある石や庭木は仙洞御所から移されたと言います。仙洞御所とは、譲位した天皇、即ち上皇や法王の御所のことをいい、現在は京都にあります。この日本庭園も優雅なひと時を味あわせてくれるこおとでしょう。

法華寺

浴室(からぶろ)

法華寺には他のお寺には無い大変珍しいものがあります。それが浴室、からぶろと呼ばれる文化財です。この浴室(からぶろ)は、法華寺を作った光明皇后が、難病者たちのための入浴のために設けたのもで、国指定の重要有形民俗文化財に登録されています。

この浴室は井戸と共にあり、内部は二部屋、蒸し風呂になっています。現在の建物は明和3年1766年に再建されたもので外観のみ公開しています。しかも驚くべきことに近年まで実際に利用されていたとのことで、貴重な文化財として目の当たりすることができます。

法華寺

光月亭。奈良県指定文化財

法華寺には古い日本家屋も展示されています。それが奈良県指定文化財の光月亭です。光月亭は、月ヶ瀬村にあったものを移築した建物で、18世紀中頃のかやぶきの建物です。東山地方の代表的な民家の形態をとっているとされ、18世紀のままの姿が目の当たりにできます。

法華寺

華楽園。椿をはじめとした植物が見所

法華寺には華楽園といわれる植物園もあります。この華楽園には100本近い椿を初め法華寺蓮など750本近い植物が目の当たりにできます。こちらも日本庭園とは趣向が違う雰囲気で散策を楽しめます。

法華寺

国宝。十一面観音像

普段は非公開ですが、法華寺には国宝に指定されている十一面観音像があります。この十一面観音像は法華寺の本尊とされるもので大きさは1メートル、春と秋の期間限定で本堂で航海されます。この十一面観音像は、法華寺をつくった光明皇后の姿を模してインド、天竺の仏師が作ったという伝承がのこされています。

実際は9世紀に作られましたが、その当時の仏師も光明皇后をモデルに3体作ったとされており、いずれにせよモデルは光明皇后とされています。一本のカヤ材から作られており、平安時代を代表する仏像のひとつとされています。

多数の文化財も所蔵

法華寺には、国宝の十一面観音像以外にも多数の文化財が存在します。木造維摩居士坐像は奈良時代後期の作品として国宝に、また絹本著色阿弥陀三尊及び童子像はいずれも平安時代末期の作品としてこちらも国宝です。こちらは現在、奈良国立博物館に寄託されています。また、木造二天頭が奈良時代末ものとして重要文化財に、木造仏頭、叡尊自筆書状、法華寺縁起類 3巻1冊などの重要文化財も存在します。

法華寺へのアクセスと利用案内

法華寺はもともと平城京の東宮に隣接する場所に作られており現在も平城京のすぐ近くにあります。アクセスするばあいには、電車だとJR奈良駅を降りてバスで奈良交通西大寺駅行き、法華寺下車で徒歩3分、近鉄奈良駅からだと、同じく奈良交通西大寺駅行きで、法華寺下車で徒歩3分です。

また、近鉄新大宮駅から徒歩20分です。駐車場も50会、大型バスも駐車可能なため、自動車のアクセスも心配ありません。法華寺は奈良の北部であるためカンデオホテルズ奈良橿原からは、車で36分ほどでアクセス可能です。

法華寺の利用案内

住所:〒630-8001 奈良県奈良市法華寺町882
電話番号:0742-33-2261
最寄り駅:新大宮駅から徒歩約20分
拝観時間:9時~17時(入場は16時30分まで)
拝観料:本堂 大人500円、中学生300円、小学生200円、華楽園 大人300円、中学生200円、小学生100円

まとめ

法華寺は、奈良のお寺のなかでも落ち着いた雰囲気がただようお寺として、観光が楽しめます。重要文化財の本堂や鐘楼、さらには名勝でもある日本庭園、他では見ることができない浴室など、さまざまな見所が登場します。また期間限定で、国宝であり、法華寺の創設者である光明皇后をモデルにした十一面観音像も公開されます。

更に法華寺は平城京のすぐ隣に作られていたことから、周辺には平城京歴史公園があったり、奈良の中心部からも車で10分程度で行くことが出来るので、周辺観光スポットと一緒に訪れてもおススメです