広島を代表する観光スポットと回り方

広島県の観光の特長。世界遺産から豊富な歴史的スポット

広島県は、中国地方を代表する県の一つとして、豊富な観光スポットが存在します。そこでは世界遺産に登録されている宮島や、原爆ドームといった有名スポットから、バラエティに富んだその地域ならではの観光を楽しむことができます。

特に広島県は瀬戸内海に面しているということから、歴史や文化、風景など、さまざまな点で瀬戸内海の影響を受け、広島県の観光の大きな特長を形作っています。

また広島県は非常に広く、東西でなんとその距離は131キロメートルにも及んでおり、一言で“広島の観光”といってもさまざまな場所が登場します。

そこで、今回は広島を代表する観光スポットと回り方ということで、広島県の観光エリアを大きく5カ所に分けてご紹介します。

広島観光を代表する5つのエリア

今回ご紹介する広島県の観光では、5つのエリアをご紹介します。この5つのエリアを回ることで、広島県を代表する観光スポットのほとんどを知ることができます。

第一が広島市の中心部です。広島市は広島県の中心ともいえる場所で、こちらは原爆ドームなどの世界遺産をはじめ、都市と歴史が融合した観光を楽しめます。第二のエリアが宮島です。

こちらでは世界遺産に登録されている厳島神社を中心に、さまざまな神社や仏閣、門前町の観光を楽しめます。第三のエリアが呉市です。

呉市は海軍と海上自衛隊ゆかりの都市で、軍艦や近代化に進む明治時代の雰囲気を残す町並みが楽しめます。第四のエリアが尾道市です

尾道市は寺と坂の町として知られるエリアで、昔ながらのお寺と瀬戸内海の島々が見渡せる街並みが特長です。そして第五のエリアが鞆の浦です。

鞆の浦は福山市にある港町で、街並みそのものが重要文化財として価値を持つ、重要伝統的建造物群保存地区に登録されています。この5つのエリアは、それぞれ特長や見所があり、このエリアの観光は、旅をより一層充実したものにしてくれることでしょう。

広島市中心部の観光

広島県の中心であり、県庁所在地がある場所が広島市です。広島市は人口100万人を超える政令指定都市でもあり、中国、四国地方で一番の人口を誇る都市です。広島観光を代表する場所でもあり、ここでは都市と歴史が融合する観光が楽しめます。

また、広島市には、世界遺産にも登録されている原爆ドームがあります。この原爆ドームの一体は平和記念公園として整備されており、多くの観光客が訪れる場所です。

更に、広島市は現代でも中国地方の中心ですが、古くは戦国時代の毛利家の時代から広島市はこの地方の中心的な存在でした。それを象徴する存在が広島城です。ここではそんな都市と歴史が融合する広島観光の見所と、代表的な観光スポットをご紹介しましょう。

平和記念公園

広島を代表する観光スポットの一つが平和記念公園です。広島は、太平洋戦争のときに長崎と共に原子爆弾が投下された町としてしられ、原子爆弾が投下された一体は戦後、平和記念公園として整備されました。

ここでは負の遺産の象徴として世界遺産に登録されている原爆ドームや、原子爆弾による戦争の惨状などがわかる広島平和記念資料館や、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館などがあります。

この平和記念公園は日本人の観光客だけではなく、唯一の被爆国としての象徴であることから、多くの外国人観光客も訪れる場所です。

平和記念公園

原爆ドーム

広島市を代表する観光スポットの中で、最も象徴的な存在が原爆ドームです。原爆ドームは、広島市に投下された原子爆弾の惨禍を今に伝える記念碑として世界遺産にも登録されています。

この原爆ドームは当時は広島県物産陳列館として、開館した建物で、原子爆弾の爆心地からは200メートルほどの距離に位置しています。原爆が投下されると地表の温度は3000℃もの高温に達し、秒速440メートルという衝撃派がさく裂しました。

そのため、一瞬にして建物は吹っ飛び、この原爆ドームも原爆投下のわずか1秒後で、3階の建物部分が倒壊したと言われています。

ただ中央のドーム状の部分だけは、構造の問題から残ったと言われており、現在に残る姿に一瞬にしてなったのです。その後戦争が集結し、戦後の復興が行われる際に、原爆ドームの痛々しい姿を見るたびに、原爆の被害が思いだされて取り壊してほしいという要望がありましたが、逆にこの姿を残すことで戦争の悲惨さや惨禍を後世の人々に伝えられることができるという意見から現代まで残されているのです。

ちなみに、原爆ドームという名前は、原子爆弾が投下され、この姿になった初期から言われていたとのことです。この原爆ドームは、中に入ることはできませんが、間近で見ることができ、見る人々に核兵器の恐ろしさを感じさせてくれる場所です。

原爆ドーム

広島城

広島市観光にはもう一つ、平和記念公園や原爆ドームといった戦争の負の遺産だけではない歴史的な観光スポットも登場します。それが広島城です。

広島城は、毛利家が区画し築城した城で、当時安芸の国といった広島県だけではなく、中国地方全土の一大拠点となる城でした。

もともと毛利家は、安芸の山間部にある吉田郡山城を本拠に中国地方に勢力を広げていましたが、領土が巨大になるにつれ、山間部にある吉田郡山城では、不便なことも多く、山陽道が通り、瀬戸内海にも面した領土の中心となる城が必要だったのです。そうして作られたのが広島城です。

しかし、広島城は毛利家が関ヶ原の戦いで敗れ、120万石という大領から、今の山口県である周防と長門、30万石に減封されてしまったことで、福島正則の手にわたります。

福島正則はその後広島城を更に大きく改築し、そのころは現在の天守閣がある場所から、瀬戸内海沿岸まで堀が設けられていたほどの巨大な城に成長しました。

しかし、福島氏も徳川幕府によって改易されてしまいその後新たな領主となったのが浅野氏です。浅野氏は、江戸時代から明治時代を通して、安芸広島49万石の大名としてこの地を治め、広島城は現代まで続くことになりました。現在は、天守閣と本丸、二ノ丸が残されており、その姿を見ることができます。

広島城

縮景園

また、広島市には浅野家の大名庭園であった縮景園も見所の一つです。縮景園は広島城主となった浅野家が作った大名庭園で、歴代の浅野藩主たちが改築増築して現代まで残っている日本庭園です。

この縮景園を作ったのは浅野家の家老で、茶人上りの上田宗箇という武将です。上田宗箇はもともと織田家の家老、丹羽長秀の茶坊主から身をたて、幾たびもの戦場を戦い抜いた強者です。

その一方で、上田宗箇は風流を解する文化人でもあり、この縮景園は、中国の湖面の風景をそのまま縮めた庭園として、また借景庭園として完成度の高いものとして歴代浅野藩主に愛されました。

縮景園

宮島の観光

広島の観光エリアの中で、最も注目のエリアの一つが宮島です。宮島は世界遺産である厳島神社がある島で、厳島とも宮島ともいいます。広島の中心市街地からも車や電車で30分ほどの場所にあり、世界遺産に手軽にアクセスすることができます。この宮島はフェリーでわずか10分ほどの乗船時間で渡ることが可能です。

フェリー乗り場からは厳島神社までの参道が続き、その参道ではさまざまなお店が立ち並びます。また宮島では、厳島神社以外にも古い神社仏閣が存在し、巨大な境内が有名な千畳閣や、五重塔、厳島神社の境内を作った清盛神社などが登場します。

また、宮島には水族館もあり、瀬戸内海の海の生き物や広島を代表する海産物である牡蠣の養殖なども目の当たりにできます。

厳島神社

宮島の観光スポットの代表的存在が世界遺産である厳島神社です。厳島神社はその創建は古く推古天皇の時代と言われていますが、現在の海に面した巨大な境内を作ったのは平清盛といわれています。

また、現代では安芸の宮島としてその美しい風景が日本三景の一つに数えられ、世界遺産にも登録されていることから毎年数多くの観光客が訪れます。

この厳島神社は本社の社殿など6棟の建物が国宝に登録されており、有名な海にそびえる鳥居は国の重要文化財に登録されています。この大鳥居は沖合200メートルの場所に立つ鳥居でその高さは16.6メートル、近くだと巨大な姿を目の当たりにできます。

厳島神社は、日宋貿易で巨大な富を得ようとしていた平清盛が、航海の安全を祈願して境内を作り上げ、その見事な姿は、戦国時代に厳島合戦で境内に火が燃え移りそうになったのを、毛利方の吉川元春が戦いを中止してまで消火活動につとめたほどの存在です。また宮島の観光ルートはこの厳島神社の境内を通って進むことになります。

厳島神社

千畳閣

厳島神社のすぐ裏手にある巨大な建物が千畳閣です。この千畳閣は畳が千畳ほどもある大きさからこのように名づけられましたが、正確には畳857枚分といわれています。

この建物は正確には嚴島神社末社豊国神社本殿で、その名の通り、豊臣秀吉が建設を始めました。しかし、豊臣秀吉が死んだことによって工事は中断され、そのままの状態になっています。

板壁や天井などが無いのも工事が途中で中止になったためで、雄大な姿が目の当たりにできます。この千畳閣は豊臣秀吉と、秀吉の家臣であった加藤清正を祀っています。厳島神社のすぐ裏手にあるので、訪れてみてはいかがでしょうか。

千畳閣

清盛神社

厳島神社の境内を平清盛が作ったことから、平清盛を祀った清盛神社があります。清盛神社は厳島神社の境内を抜けて、中洲のような場所に設けられており、一緒に回るといいでしょう。

平清盛は平家の棟梁として源氏との闘いに勝利し、武士が政権を担った最初の人物ですが、おもに貿易によって政権を成り立たせようとしていました。当時清盛が目を付けたのが宋との貿易です。

その航路の一つが瀬戸内海であり、呉市の音戸の瀬戸に航路を開くなど、さまざまな活動を行います。こうした貿易には航海の安全が必須ですが、厳島神社は航海の安全を祈願するために設けられたのです。

清盛神社

宮島水族館

宮島の観光スポットの一つとして楽しめるのが宮島水族館です。350種13000点の海の生き物が展示されており、ペンギンやアシカ、トドといった水族館でお馴染みの動物たちに出会えます。

またその展示方式も瀬戸内海と宮島の海を表現した10のゾーンから成り立っており、この地方ならではの下記の養殖なども見ることができます。2011年にリニューアルオープンした新しい水族館です。

宮島水族館

表参道商店街

宮島の見所の一つとして、町歩きを充実させてくれるのが表参道商店街です。この表参道商店街は、平清盛の名前をとって別名清盛通りといわれており、お土産物屋さんから飲食店まで、さまざまなお店が立ち並びます。

特に宮島名物のもみじ饅頭や、アナゴ料理、牡蠣料理などが味わえるお店が多数立ち並びます。また、この表参道商店街では、スターバックスも出典しており、海を臨んだオーシャンビューが楽しめるカフェとして有名です。

呉市の観光

お次にご紹介するのが呉市の観光です。呉市は広島市から車で約40分ほどの場所にある都市で、広島県で第三位の人口を誇る都市です。この呉市もこの地ならではの観光スポットがある場所としてしられています。

呉市の観光の最大の特長は海軍の町という点にあります。呉市は明治時代に海軍の鎮守府が設けられた場所であり、現代も海上自衛隊の司令部がある場所です。

また、昭和には呉は世界一の造船工場としても知られており、現在も造船所があります。観光スポットとしても、美しいレンガ造りの雰囲気が漂う明治海軍ゆかりの観光スポットや、他では見ることができない軍艦や潜水艦などを使った観光スポットが登場します。

また、呉市では海軍にちなんで海軍カレーのお店が多数存在することでも有名で、御当地グルメも楽しめます。

海上自衛隊呉資料館

呉市の観光スポットの中でも、最もインパクトがある観光スポットが、海上自衛隊呉資料館です。海上自衛隊呉資料館は、その名の通り海上自衛隊が運営する博物館で、海上自衛隊の日々の活動や、展示物などを見ることができます。

特にここで注目なのが、資料館の目の前ある巨大な潜水艦です。この潜水艦は実際に自衛隊で使用されていた「あきしお」で、その大きさはなんと全長76m、重さ約2200t、1986年から2004年まで使用されていました。

この「あきしお」には外から見るだけではなく、実際に内部に入って本物の潜水艦を体験することができます。潜水艦の内部は驚くほど狭く、さまざまな機器が搭載されており、船員たちの寝る場所や艦長室なども登場します。

日本全国、さまざまな観光スポットがある中、本物の潜水艦に入ることが出来る観光スポットは、海上自衛隊呉資料館だけです。

また、ここでは、現代の海上自衛隊の主な任務の一つである機雷の掃海活動や、掃海艇のお展示、さまざまな潜水艦の模型など、他では見ることが出来ない展示が楽しめます。

海上自衛隊呉資料館

大和ミュージアム

海上自衛隊呉資料館の目の前にある博物館が大和ミュージアムです。

大和ミュージアムはその名前の通り、戦艦大和にちなんだ博物館で、呉市の造船の歴史がわかります。呉市は明治時代に海軍の鎮守府が設けられるとともに、呉海軍工廠も作られました。海軍工廠とは今でいう造船所のことで、明治から大正、昭和にかけて数々の軍艦が作られたのです。

その中でも代表的な存在が戦艦大和です。戦艦大和は、太平洋戦争当時、世界最大規模を誇った巨大な戦艦で、日本の連合艦隊の旗艦でした。そんな巨大な戦艦の縮小版を見れたり、呉海軍工廠で作られた多くの軍艦の模型などが目の当たりにできます。

更に、魚雷や戦時中に使用された潜航艇などさまざまな海の兵器が登場します。この大和ミュージアムは、先にご紹介した海上自衛隊呉資料館と共に、呉の歴史と日本の海軍の歴史がわかる一大観光スポットです。

大和ミュージアム

入船山記念館

呉の観光スポットの中でも、美しい町並みや明治時代の古き良き建築物が目の当たりにできるのが入船山記念館です。入船山記念館は、呉に赴任してきた海軍の司令官の官舎兼宿舎です。

呉には海軍の司令部である鎮守府が設けられましたが、そこには海軍中将や海軍大将といった海軍の高官が着任してきました。

この司令官が住居として住むとともに、同時に執務をとる場所として使ったのが入船山記念館です。そこでは、和洋折衷で迎賓館としての役割も果たした住居兼執務室の記念館と、日露戦争の英雄として有名な東郷平八郎の離れ、海軍工廠で使われていた時計塔など、さまざまな見所が登場します。

特に記念館では内部まで入って見学することができ、貴重な明治時代の西洋建築と和風建築が目の当たりにできます。また、この入船山記念館には呉市立美術館があり、その前のレンガ通りと合わせて、美術館通りとして、美しい町並みを散策できます。

入船山記念館

音戸の瀬戸公園

呉市は瀬戸内海に面した町ですが、古くは平安時代に平清盛が日宋貿易の航路を開いた場所でもあります。平清盛は、武士として初めて政権を担った存在ですが、その経済的基盤は、宋との貿易でした。清盛は宋との交易を始めるにあたり、瀬戸内海に航路を開いたのです。

その場所が呉市にある音戸の瀬戸です。また、宮島にある厳島神社の境内は、平清盛が日宋貿易の航海の安全を祈願するために作りました。

その音戸の瀬戸を見渡すことが出来る公園が音戸の瀬戸公園です。高台にあり、公園内には平清盛の銅像があります。またここはお花見スポットとしても楽しめます。

尾道市の観光

広島の地方都市の中でも、観光スポットとして有名なのが尾道市です。尾道市は、瀬戸内海に面した美しい町で、一般的に坂とお寺の町として知られています。

また尾道市は文学や映画の町としても知られ、多くの文人がこの美しい町で創作活動に励みました。またその町並みは映画やドラマ撮影の舞台ともなったのです。

更に、尾道市は近年、四国との間を結ぶしまなみ海道の終着駅もしくはスタート駅の町としても知られています。しまなみ海道は、尾道市から四国の今治市を結ぶ全長59キロの街道で、瀬戸内海の雄大な風景を楽しみながらサイクリングが楽しめる場所として知られています。

そんな魅力あふれる町尾道市にはさまざまな観光スポットが登場します。ここでは尾道市の代表的な観光スポットをご紹介しましょう。

古寺めぐり

尾道市の観光の特長の第一が古寺巡りです。尾道は、瀬戸内海を見下ろす形で、町が山の斜面に作られており、いたるところにさまざまなお寺が登場します。そのお寺の多くが古い時代に作られたもので、古寺めぐりは、こうしたお寺を巡ることでご利益が得られるという町歩きです。

また、町並みも古き良き雰囲気が漂い、充実した散策が味わえます。また寺巡りをすることで、必然的に尾道のさまざまな観光スポットを巡ることができます。

尾道 寺

千光寺と千光寺公園

尾道の古寺巡りの中でも、最も有名なお寺が千光寺です。この千光寺は、千光寺山の上にあるお寺で、市街地から専用のロープウェイも出ているほどです。

古寺巡りはすべて回ると数時間がかかるため、手軽に尾道の風景とお寺の雰囲気を味わいたい人は、千光寺にロープウェイで参詣するのがおススメです。

この千光寺は、巨大な岩が一体となったお寺で、ロープウェイにのってアクセスするとその雄大さがわかります。また、千光寺の境内には、さまざまな種類の岩が存在し、他では見ることができない雰囲気を味わうことができます。

ちなみに千光寺がある一体は千光寺公園として、瀬戸内海の絶景などが楽しめます。

千光寺

尾道の文学スポット

尾道の観光の特長の一つが、多くの文学スポットが存在する点です。

尾道ゆかりの文人として代表的な存在が志賀直哉ですが、尾道の町には志賀直哉が実際に住んでいた旧宅がそのまま残されています。

ここでは志賀直哉の代表作である「暗夜行路」の草案が練られた場所としても知られ、瀬戸内海の美しい風景と共に、古き良き住宅を見ることができます。

また、尾道ゆかりの文人として代表的な存在が林芙美子ですが、林芙美子ゆかりのスポットが文学記念室です。林芙美子は尾道で育った作家で、浮雲などの代表作を残しました。

志賀直哉

しまなみ海道

しまなみ海道は、尾道の観光スポットとして代表的な存在になりつつある存在です。先にご紹介した通り、愛媛県と広島県を結ぶ瀬戸内海の島々をつらなる高速道路で、尾道市では向島や因島が含まれます。

しまなみ海道

因島

しまなみ海道の広島側の島として代表的な存在が因島です。因島は戦国時代にはかの有名な村上水軍の根拠地があった島としても知られています。

村上水軍は能島、来島、因島の3島を根城、瀬戸内海の海を支配した水軍で、因島は因島村上氏の根拠地でした。そして因島を代表する観光スポットの一つが村上水軍城です。村上水軍城では、村上水軍ゆかりの品が展示してある資料館として、利用できます。

また見た目は城の形をしていますが、城郭風に作られた建築物です。

因島

鞆の浦の観光

広島県の観光スポットの中でも、昔ながらの町並みが残る一大スポットが鞆の浦です。鞆の浦は広島県第二の都市である福山市にある港町で、町並みそのものが価値がある重要伝統的建造物群保存地区に登録されています。

また、このあたり一帯は、瀬戸内海の国定公園に指定されており、美しい瀬戸内海の島々を眺めたり、船で渡ることもできます更に鞆の浦では、歴史的にも有名な場所として知られ、幕末の志士として有名な坂本龍馬ゆかりの場所であったり、室町幕府最後の将軍である足利義昭が過ごした鞆城や、南北朝時代の武将で、足利尊氏の息子で足利直義の養子になった足利直冬の居城、大可島城なども存在します。

そんな見所満載の鞆の浦は、広島県の観光スポットの中でも見応え盛りだくさんの一大観光スポットと言えるでしょう。

福禅寺対潮楼

鞆の浦の中でも最も代表的な観光スポットの一つが福禅寺対潮楼です。福禅寺対潮楼は、江戸時代、朝鮮からの施設を迎える迎賓館として利用されたお寺で、境内からは美しい眺めを楽しむことが出来ます。

ちなみにそのさいに訪れた朝鮮通信使が「日東第一景勝」として評し、朝鮮半島より東で一番美しい風景として絶賛されました。

そして現在もこの福禅寺対潮楼からはその美しい風景を目の当たりにできるのです。ちなみに、この福禅寺対潮楼では、坂本龍馬と紀州藩が、いろは丸沈没事件の談判場所として利用した場所としても知られ、坂本龍馬ゆかりの観光スポットとしても利用することができます。

福禅寺

仙酔島

福禅寺対潮楼から見える景色の重要な一要素として存在する島が仙酔島です。仙酔島は、その名の通り、仙人も酔っぱらってしまうほど美しい島という意味で、現在でも船で回ることが出来ます。

ちなみに仙酔島にわたる船は、坂本龍馬が鞆の浦で沈めたいろは丸の小型版、平成いろは丸です。仙酔島は瀬戸内海の国定公園にも指定されている場所で、船で渡った先には波が穏やかな海水浴場やキャンプ場などが登場し、五色岩という色とりどりの岩も登場する隠れたスポットです。

仙酔島

江戸から明治の町並み

鞆の浦の観光スポットとしての魅力の一つが、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている町並みです。この町並みは江戸時代から明治時代の雰囲気を残す建物が残されており、代表的な存在として、太田家住宅などがあります。

太田家住宅は江戸時代から続くこの地の特産品である保命酒の造り酒屋として知られ、その豪壮な酒蔵と商家の建築物は、他では見ることが出来ない歴史を感じさせてくれます。

また鞆の浦は港町であったことから、航海の安全を保ち、当時の灯台としての役割を果たしていた常夜灯や、潮の満ち引きにあわせて船がつけられる雁木など、ほかの古い町並みとは一風変わったものも残されています。

鞆の浦

鞆城と大可島城

鞆の浦には港町ならではの城跡も残ります。それが鞆城と大可島城です。もともと鞆の浦を支配していた居城が大可島城でした。

現在でも鞆の浦の先端に位置しており、現在はお寺になっていますが、室町時代には足利直義の養子であった足利直冬が居城としており、室町時代後期から戦国時代にかけては因島村上氏の支配下におかれ、村上亮康が城主としてこの地を支配していました。

一方鞆城は、戦国時代後期に織田信長に追われた室町幕府最後の将軍である足利義昭がこの地に落ちてきた際、鞆城を居城としてこの地に滞在していました。

そのさい、村上水軍も大可島城から鞆城に拠点を移したとも言われています。鞆城は現在は、博物館になっており、この二つの城からは、瀬戸内海の美しい風景を見ることができます。

大可島城

坂本龍馬ゆかりの観光スポット

鞆の浦には、坂本龍馬ゆかりの観光スポットが多数登場します。坂本龍馬は海援隊を率いて薩長同盟を成し遂げるなど、幕末に活躍した人物ですが、鞆の浦沖で船を沈没させる事件を起こしました。

当時坂本龍馬は伊予大洲藩の船であるいろは丸を使い、大洲藩の代わりに貿易事業を行っていました。そして大阪に向かう航海の途中に鞆の浦沖で紀州藩船籍の明光丸と衝突事故を起こしてしまいます。

そのさい、非は明光丸側にあり、起こった竜馬は鞆の浦を談判場所に選んで紀州藩と談判を行います。そのさいに宿泊していた場所や、談判場所となった福禅寺対潮楼などが坂本龍馬ゆかりの観光スポットとして見ることができます。

坂本龍馬

福山市の観光スポット

鞆の浦も福山市の町ですが、ここでは鞆の浦以外の福山を代表する観光スポットをご紹介しましょう。福山市では福山駅前にある福山城があります。

福山城は、備後福山藩の居城として明治時代まで続いたお城ですが、太平洋戦争の福山大空襲で焼失してしまいました。

現在の福山城は戦後に復興された天守閣としてJR福山駅からもみることができます。この福山城の一体は、公園として整備されており、三の丸は美術館や博物館が立ち並ぶ公園として利用することができます。

福山城

まとめ

これまで広島県の観光スポットを、広島の中心である広島市、世界遺産がある宮島、海軍ゆかりの観光スポットである呉、しまなみ海道や寺と文学の町尾道、需要伝統的建造物群保存地区に登録されている福山市の5つのエリアでご紹介してきました。

それぞれに特色があり、一度では回りきることが出来ないほど豊富な観光スポットがあります。また、歴史や文化だけではなく瀬戸内海ならではの風景など、その土地ならではの観光が楽しめるのも大きな魅力といえるでしょう。是非、何度も広島県に訪れてみてはいかがでしょうか。