臥竜山荘。伊予の小京都大洲に残る絶景

伊予の小京都、大洲の町

伊予の小京都と呼ばれる大洲。愛媛県の中においても、その街並みの美しさは屈指ともいえる町です。小京都とは、町並みや風情などが京都に似ているところから名付けられる愛称のこと。もともと、室町時代に、日本各地の大名が自らの町を京都に模して作ったのが始まりと言われています。

例えば小京都の代表的な例として、中国地方の大内氏が作った山口などが有名ですが、こうした町並みは現代になっても各地に残されているのです。本日ご紹介する大洲も伊予(現在の愛媛県)の小京都と呼ばれる存在で、京都を連想させるような古い町並みを残しているのが特徴といえるでしょう。

ちなみに現代で“小京都”と称するにはいくつか条件があるようです。現在、小京都と称する町が集まる団体「全国京都会議」によると、小京都というには第一に、京都に似た自然と景観、第二に、京都との歴史的つながり、第三に、伝統的な産業と伝統があること、だそうで、このうちの一つでも満たしていれば、加盟を承認されるようです。

大洲も、大洲城の城下町としてその美しい町並みが京都に似ていることから、“伊予の小京都”と称されています。そして、本日ご紹介する臥龍山荘は、伊予の小京都を最も堪能することができる観光スポットであり、大洲の町の最大の見所と言えるでしょう。

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伊予の小京都の観光で最大の目玉。ミシュラン一つ星にも認定

本日ご紹介する臥龍山荘は、伊予の小京都大洲の観光における最大の目玉ともいえるスポットです。明治40年1907年に完成した数寄屋造りの日本建築で、完成させるのに構想10年、築4年にも及び、建物や景色の随所にそのこだわりがみてとれます。

最大の見所は、大洲の街を特長づけている肱川の存在です。肱川は、大洲の町を流れる雄大な川で、大洲城などもこの肱川を天然の要害として利用しています。臥龍山荘はこの肱川を大胆に背景に取り入れることで、どこにも存在しない借景庭園を見事につくりあげているのです。

そして、この臥龍山荘は、現在は愛媛県指定の有形文化財に指定されていますが、その建物や庭園、独特の景色が評価され、2011年にミシュラン・グリーンガイド・ジャポンで一つ星を獲得しました。伊予の小京都大洲の観光で最大の目玉とも言えるスポットです。

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 臥龍山荘の見所と特長

それでは、ここからは臥龍山荘の見所をご紹介しましょう。この臥竜山荘が作られたのは明治40年で今から100年以上も昔ですが、内部の建物はその創建当時のままの状態で見ることが出来ます。

臥竜山荘を作ったのは木蝋貿易で成功した豪商河内寅次郎が老後の余生を過ごすために築いた山荘です。驚くべきは構想に10年、建築に4年もの歳月をかけて作られました。そのため山荘全体の構造から、各建築物、庭園に至るまで、随所に尋常ならざるこだわりが見て取れます。

臥竜山荘はメインの建物である臥龍庵と、肱川の絶景が眺められる不老庵、現在は小さい茶室になっている知止庵の3つで構成されており、庭園は借景庭園と言われるこだわりの庭園が広がります。

いずれの建物も数寄屋造りの日本建築で、その建築に使用されている釘1本1本に至るまで特注品のこだわりの品が使用されるほど。美しい日本建築の建物を堪能することができます。

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 臥龍院。数寄屋造りの邸宅から眺める借景庭園の贅沢な時間

臥龍山荘に入ってすぐ登場する最初の建物が臥龍院です。この臥龍院は、豪商河内寅次郎が最も情熱を注いだ建物といわれています。建物や内部のデザインだけではなく、建物を構成する材料にもこだわりぬき、全国各地から集め吟味を重ねた銘木が使用されています。

部屋は3つの間から構成されており、夏向きの清吹の間、書院座敷でもあり能舞台ともなる壱是の間、京都大徳寺玉林院の霞床の席に構想を得た霞月の間、の3つの間です。この3つの間では細部までこだわりぬいた美しい造りと、素材の数々が目を引きますが、ひときわこの臥龍院で堪能できるのが、書院から眺める日本庭園の姿です。

書院や廊下に座り、目の前に広がる借景庭園を眺めることがあわただしい日常を忘れさせ、本当の癒しを感じさせてくれることでしょう。普段の観光とはちょっと一味違う、最高に贅沢な時間を堪能できます。

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知止庵。わびさびを感じさせる茶室

臥龍山荘の見所のもう一つが知止庵です。こちらは臥龍院と同じ時期に浴室として建てられた建物ですが、昭和24年に改装され、茶室になりました。こちらの知止庵の名前の知止とは、江戸初期の陽明学者で、大洲藩主加藤貞㤗に仕えた中江藤樹の教えからえた言葉とのことです。

こちらの茶室な内部に入ることはできませんが、外から内部を見ることができます。

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不老庵。雄大な肱川の景色がそのまま堪能できる

臥竜山荘の見所はもう一つあります。それは離れとして設けられた不老庵です。不老庵は四角い小さい庵になりますが、その最大の見所は正面と側面が丘の上に突き出る形で設置されており、目の前に雄大な肱川が広がる景色が堪能することができるのです。

建物の構造としては庵そのものを船に見立てて作られている数寄屋造りの建物で、肱川の景色と共に、最もインパクトがある建物といえるでしょう。また、個人の隠居場所として作られた邸宅においてこれほど計算され尽くされこだわり抜いた場所はほかにないと言えるのではないでしょうか。

この不老庵はまた、独特の仕掛けにより満月の夜には川に映った月の姿が室内に照らし出されるとかで、自然を使った贅の限りを示していると言えるでしょう。

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臥龍山荘の歴史。戦国時代から景勝地として知られる場所

臥龍山荘は、既にご紹介しましたが、建てられたのは明治40年と、近代に入ってからですが、その遊閑地としての背景は戦国時代末期にさかのぼります。もともと伊予大洲は、加藤氏が藩主になる前に、藤堂高虎が領主として築城しました。

藤堂高虎は戦国時代を生き抜いた武将で築城の名手と言われた武将です。この藤堂高虎の時代に初めてこの地に庭園が築かれたのが臥龍山荘の最も最初のルーツともいわれているのです。この山荘を訪れてみるとわかりますが、肱川を眺める絶景は、他の観光スポットでは決して味わえるものではありません。

きっと当時から、この場所からの眺めは美しい場所として記憶されていたことがうかがえます。その後、大洲藩加藤家の時代になるとこの場所は歴代藩主の景勝地として扱われ、大洲藩第3代藩主加藤泰恒が「蓬莱山が龍の臥す姿に似ている」と称したことから「臥龍」と名づけられたのです。

その後明治に入り豪商河内寅次郎が隠居場所として建築を始めたのは既に述べた通りです。臥龍山荘のなりたちには、遠い戦国時代や江戸時代からの景勝地としての下地があるのです。

 

臥竜山荘へのアクセス

臥竜山荘は大洲の観光スポットのうち、もっとも離れた場所にあると言えるでしょう。大洲の観光は、大洲城付近とその城下町である市街地とに大きく二分することができます。大洲へのアクセスは電車では不便なので、車でアクセスするのが最適。

大洲城前にある市役所の駐車場か、市街地では大洲観光協会や街の駅がある場所に車を停めて回られるのがベストです。臥竜山荘へ行くには、大洲市観光協会の街の駅に停めて、近くの「おはなはん通り」や「おおず赤煉瓦館」などとともに見て回るのがいいでしょう。

ちなみに街の駅からは徒歩5分ほどで行くことができます。電車の場合は予讃線の伊予大洲駅から徒歩で20分以上かかるためオススメできません。

ちなみにカンデオホテルズ松山大街道から大洲までは車で約1時間10分ほど。大洲城周辺は大洲城前の市民会館駐車場に、臥竜山荘は街の駅にそれぞれ車を停めて回るのがベストです。

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臥龍山荘の利用案内

所在地:愛媛県大洲市大洲411-2

時間:9時~17時

年中無休

観覧料:大人500円、小人200円

 臥龍山荘と合わせて見たい周辺の観光スポット

臥龍山荘の周辺には大洲市のさまざまな見所スポットが登場します。そこには伊予の小京都の名前にふさわしい町並みやレトロな雰囲気が漂う場所などがあります。ここでは合わせて見たい大洲の観光スポットをいくつかご紹介しましょう。

臥龍山荘と共に、伊予の小京都を連想させる場所が、「おはなはん通り」です。「おはなはん通り」は、NHKの連続テレビ小説「おはなはん」のロケが行われたことあら、そのように名づけられましたが、江戸時代や明治時代の情緒を残すその一角は、まさに伊予の小京都を感じさせてくれる一体として、臥龍山荘とセットで見ることをおススメします。

また、大洲の観光スポットとし最大の存在が大洲城です。大洲城は、戦国時代の築城の名手である藤堂高虎が築き、その後、江戸時代を通じて加藤家6万石の城下町の中心であり、日本の100名城の一つにも選定されています。江戸時代から残る4棟の櫓などが国の重要文化財に登録されているほか、江戸時代の姿を忠実に再現した天守閣などが見所です。

また大洲城は、臥龍山荘へと続く雄大な肱川を背後にひかえ、天然の要害として利用する堅城としての存在も見て取れます。

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まとめ

臥竜山荘は伊予の小京都と言われる大洲の町並みとともに、大洲を小京都たらしめている最大の観光スポットと言えるでしょう。とりわけその計算され尽くされた日本建築や庭園設計、釘1本1本にいたるまでの尋常ならざるこだわりは、もはや存在するだけで芸術の域に達しています。

また、臥龍山荘の最大のインパクトは、背後に流れる肱川を眼下に感じられる不老庵からの絶景があげられます。臥龍山荘の歴史は百数十年ですが、この肱川の絶景は、戦国時代末期から江戸時代を通じて、歴代領主たちの景勝地として利用されてきた歴史があり、大名が味わっていた絶景を堪能できる数少ない見所スポットといえるでしょう。

是非大洲観光の目玉としてオススメです。