鞆の浦のすべてを堪能する観光コース。福山の景勝地をたどる

福山の鞆の浦とは。 西日本随一といわれる景勝地

広島県福山市にある鞆の浦。瀬戸内海に面したこの町は、仙酔島や、弁天島、皇后島といった島々があり、国の名勝にも指定されている場所です。

1925年に「鞆公園」に指定され、その瀬戸内海国立公園に指定されました。その秘密は、なんといっても鞆の浦が織りなす美しい景色に集約されます。

その独得の街並みと、瀬戸内海の島々が織りなす風景は、スタジオジブリの作品「崖の上のポニョ」の構想場所にもなったほど。映画で一躍有名になり、注目を集める鞆の浦ですが、実は、“景勝地”としての歴史は、古くから定評があったのです。

鞆の浦観光の特長1:朝鮮半島から東で一番美しい場所

鞆の浦が景勝地として歴史上で初めて評価されたのは(おそらく)、江戸時代です。江戸時代は幕府の政策で鎖国されていましたが、限定されて国交を結んでいた国の一つが李氏朝鮮でした。

李氏朝鮮からは朝鮮通信使といわれる今でいう外交使節が江戸幕府を訪れ、国交を結んでいました。当時、朝鮮通信使は、朝鮮半島から海を渡り、陸路で江戸まで至るのですが、その途中の宿泊施設の一つとして滞在していたのが、鞆の浦にある福禅寺対潮楼でした。

この福禅寺対潮楼は、今でいう迎賓館や公邸の役割を果たし、多くの通信使がここに泊まったとされています。その際、1711年にここ鞆の浦を訪れた朝鮮通信使の李邦彦が、鞆の浦の景色に感動し、「日東第一形勝」と評しました。

この「日東第一形勝」とは、朝鮮より東で一番美しい景勝地という意味で、主に福禅寺対潮楼から見える弁天島と仙酔島の景色を評価したものです。この景色は、今も変わらず福禅寺対潮楼から見ることができ、鞆の浦の最大の見所スポットの一つです。

福山 景勝地

鞆の浦観光の特長2:江戸情緒残す古き良き町並み

鞆の浦の魅力の一つである美しい景色。そんな美しい景色は、上記でご紹介した福禅寺対潮楼以外の場所でも堪能することができるのです。

例えば、のちにご紹介しますが、室町時代の最後の将軍であった足利義昭が滞在した鞆城跡や、村上水軍の根拠地の一つでもあった大可島城、現在の円福寺。

さらには鞆の浦から船で渡れる仙酔島など、多くの美しい観光スポットが目白押しなのです。また、鞆の浦は街並みそのものも港町として残されており、江戸時代の情緒あふれる町歩きを堪能することができます。

その古き良き町並みの中には、江戸時代の灯台ともいえる常夜燈(とうろうどう)や、江戸時代の巨大な造り酒屋である太田家住宅などが存在します。このように鞆の浦には、多彩な観光スポット、絶景スポットが存在するのです。

福山 町並み

鞆の浦観光の特長3:坂本龍馬ゆかりのスポットが数多く残る

鞆の浦観光の特長の三つめとしてあげられるのが、坂本龍馬ゆかりのスポットが数多く残っているということあげられます。

坂本龍馬は幕末に薩長同盟を成し遂げ、亀山社中という現代でいう株式会社の始まりを行った人物ですが、ここ鞆の浦に海難事故で滞在していたことがあるのです。

当時坂本龍馬は、伊予大洲藩から「いろは丸」という蒸気船を借りて、貿易を行う事業を開始しましたが、鞆の浦沖で、紀州藩の船明光丸と衝突し、その談判のために鞆の浦に滞在しました。

当時幕府に不逞浪士としてマークされていた龍馬は、談判の傍ら、いくつかの場所に身を潜めていました。そんな隠れ家や談判場所(福禅寺対潮楼)が鞆の浦にはそのまま残されているのです。

福山 坂本龍馬

鞆の浦の観光の回り方

鞆の浦は冒頭でご紹介した通り、さまざまな絶景スポットや景勝スポット、歴史的な観光スポットが存在します。また、観光スポットの多くが、半径数百メートル四方に集中しているため、歩いて回ることができます。

ここでは美しい景色が見えて、古き良き町並みが見れる鞆の浦観光のメインスポットを中心に、少し離れた場所である安国寺や、沼名前神社や、船で渡る仙酔島などをご紹介します。

観光ルート①:鞆の浦の有名観光スポットを網羅

最もオーソドックスな回り方が、鞆の浦の街並みや、主要観光スポットを回れる町歩きルートです。このルートは、

  • 鞆の浦観光情報センター(ともてつバスセンター)
  • 坂本龍馬の隠れ家、桝屋清右衛門宅
  • 福禅寺対潮楼
  • 円福寺(大可島城跡)
  • 住吉神社の力石
  • 太田家住宅
  • 常夜燈と雁木
  • 福山市鞆の浦歴史民俗資料館
  • 鞆の浦ミュージアム
  • 鞆の浦観光情報センター(ともてつバスセンター)

という流れです。ゆっくり回ってもおそらく2時間以内では回れるルートです。

鞆の浦観光情報センター(ともてつバスセンター):鞆の浦観光のスタート地点

鞆の浦へのアクセス方法は、車かバスが中心になりますが、その際のスタート地点ともなる場所が、鞆の浦観光情報センター(ともてつバスセンター)です。

ここは名前の通り、鞆の浦の交通と観光の中心的なスポットで、バスで鞆の浦にアクセスする場合には、この場所が停留所になります。また、車でアクセスする場合でも、駐車場も併設してあるため、便利です。

この場所では、同時に鞆の浦の観光情報も提供されており、町歩きの前に情報収集しておくことで、見所や効率的な回り方がわかります。

ちなみに、鞆の浦観光情報センター(ともてつバスセンター)では、交通や観光情報だけではなくお土産や軽食なども販売されており、鞆の浦名物のちくわや、海鮮の揚げ物、保命酒なども手に入ります。

ともてつバスセンター

鞆の浦観光情報センター(ともてつバスセンター)の利用案内

所在地:広島県福山市鞆町鞆416
TEL:084-982-3200
FAX:084-970-5105
営業時間:9:00~19:00(閉館)/年中無休
バス:JR福山駅まで約30分 
駐車場:乗用車・大型バス駐車場を完備

坂本龍馬の隠れ家、桝屋清右衛門宅

鞆の浦観光情報センター(ともてつバスセンター)から歩いて2分ほどの場所に、坂本龍馬の隠れ家として有名な桝屋清右衛門宅があります。

冒頭でご紹介した通り、鞆の浦は坂本龍馬がいろは丸事件で、紀州藩との談判のために滞在したことがある場所です。その際、龍馬と海援隊士が幕府から身をひそめるために隠れた場所が、この桝屋清右衛門宅だといわれています。

鞆の浦は、古くから港町として栄えた町ですが、江戸時代には貿易港として、多くの廻船問屋がいました。桝屋清右衛門もそんな桝屋清右衛門の一人で、坂本龍馬に出資していた土佐藩や薩摩藩、更にはいろは丸を龍馬に貸与していた大洲藩とも取引があった人物として知られています。

そうした関係から坂本龍馬と海援隊士たちは、桝屋清右衛門宅に隠れました。この邸宅は朝鮮通信使も滞在したことがある邸宅としてしられ、入り口の印象とは違い、中は非常に広く、多くの部屋があります

一番の見所である坂本龍馬の部屋は、2階に上がる階段を上った先ある天井裏の隠し部屋にあり、8畳ほどの部屋が残されています。ここでは坂本龍馬が書いた手紙なども残されており、幕末と江戸時代の雰囲気がたっぷりと味わうことができます。

福山 枡屋

坂本龍馬の隠れ家、桝屋清右衛門宅の利用案内

所在地:広島県福山市鞆町鞆422
TEL:084-982-3788
利用時間:金・土・日・月曜・祝日 9:00~16:30
観覧料:大人200円 小学生以上高校生以下100円 小学生未満無料
アクセス:鞆の浦観光情報センター(ともてつバスセンター)から徒歩2分

福禅寺対潮楼:鞆の浦最大の見所。弁天島と仙酔島の景勝

お次に登場するのが、鞆の浦で最大の見所の一つである福禅寺対潮楼です。福禅寺対潮楼は、冒頭でもご紹介した、景勝地としての鞆の浦を象徴する観光スポットといえるでしょう。

福禅寺対潮楼は、江戸時代には朝鮮通信使のための迎賓館として使用されたスポットですが、その創建は驚くほど古いです。

平安時代、西暦950年ごろといわれており、空也上人によって創建されたと伝えられています。当初は福禅寺といわれ、迎賓館の役割を果たした対潮楼は江戸時代の元禄年間に作られました。

ちなみに、江戸時代や戦国時代、それ以前の時代では、身分の高い人が宿泊する際に利用したのはお寺が中心でした。この境内も国の史跡に登録されています。

福禅寺対潮楼は、1711年に滞在した朝鮮通信使の従事官、李邦彦がそこから眺める景色を「日東第一形勝(朝鮮より東で一番美しい景勝地という意)」し有名になりました。

ちょうどこの対潮楼からは、瀬戸内海に浮かぶ弁天島と仙酔島が広がり、弁天島の赤い鳥居が独得の雰囲気を漂わせています。福禅寺対潮楼ではまるで絵画を切り取ったような、とても美しい風景を鑑賞できます。

ちなみに、ここ福禅寺対潮楼は、坂本龍馬がいろは丸事件で、紀州藩側と談判した場所でもあり、坂本龍馬は、上記の桝屋清右衛門宅からここ福禅寺に、紀州藩側はお次にご紹介する円福寺からここに来て談判したと思われます。

この「日東第一形勝(朝鮮より東で一番美しい景勝地という意)」といわれる景色の弁天島と仙酔島は、龍馬のいろは丸を再現した「平成いろは丸」で渡ることができます。(弁天島は通るだけ)

福禅寺

福禅寺対潮楼の利用案内

住所:〒720-0201 広島県福山市鞆町鞆2
TEL:(084)982-2705
利用時間:8:00~17:00
料金:拝観料/大人200円 中高生150円 小学生100円
駐車場:なし
アクセス:鞆の浦観光情報センター(ともてつバスセンター)から徒歩5分

円福寺(大可島城):紀州藩滞在場所の絶景と村上水軍の根拠地

いろは丸事件ゆかりの場所としてあげられるのが円福寺です。坂本龍馬が桝屋清右衛門宅に滞在していた一方、明光丸の紀州藩側は円福寺に滞在していました。この円福寺はもう一つ、特長があり、鞆の浦の先端に位置していることから、かつては村上水軍の根拠地の一つでした。

村上水軍は、広島県尾道市から、愛媛県今治市にかけての瀬戸内海の島々、現在のしまなみ海道を根城にした巨大な海上勢力ですが、鞆の浦にも拠点を持っていたのです。

その鞆の浦の拠点であったのが、かつて大可島城といわれた円福寺です。因島村上氏の村上亮康が城主を務め、戦国時代末期には織田信長に京を追われた室町幕府の最後の将軍、足利義昭を警護するためにも使用されました。

ちなみに足利義昭自身は、現在の福山市鞆の浦歴史民俗資料館である鞆城に滞在していたとされます。現在、円福寺は城らしいたたずまいは、わずかに残す石垣でしか感じ取ることはできませんが、境内の裏側を除くと、そこには瀬戸内海を望める絶景が広がっており、水軍の根城としては最適な場所であったことがわかります。

大可島城

円福寺(旧大可島城跡)の利用案内

所在地 広島県福山市鞆町鞆10
アクセス:鞆の浦観光情報センターから徒歩6分

鞆の津の力石スポット。住吉神社

大可島城跡、現在の円福寺から港がわを進み、古き良き鞆の浦の街並みを向かう途中に登場するのが鞆の津の力石です。

力石とは、江戸時代に港町でよくみられる巨大な石の塊のことで、古代の力比べに使われたものです。その重さはゆうに1個あたり140kgから200kgもある巨大なもので、普通の人間が持てる大きさではありません。江戸時代の漁師や港で働く人たちは、この巨大な石をもって力比べをしていたとされています。

ちなみに鞆の浦ではこの力石が見られるスポットがたくさんあり、ここ住吉神社では、3個、沼名前神社では大量の力石を見ることができます。

力石 福山

太田家住宅:江戸時代の巨大な造り酒屋

鞆の津の港部分からいったん北上すると、江戸情緒あふれる鞆の浦の古い町並みが広がります。この街並みは、スタジオジブリの作品「崖の上のポニョ」の着想のもとにもなった場所で、江戸や明治、大正の古き良き日本を感じることができます。

その中でもとりわけ注目な観光スポットが太田家住宅です。

太田家住宅は国の重要文化財にも登録されている巨大な造り酒屋で、かつて江戸時代には福山藩の御用名酒である保命酒の蔵元である「中村家」の住宅になります。

保命酒は福山藩の御用名酒であるだけではなく、のちの幕府ご用達にもなった名酒で、この中村家はその蔵元の最大のものでした。中村家は1655年にここ鞆の浦で、酒造業を開始し、江戸時代を通じて発展しました。

その後のこされた建物は明治、大正、昭和と受け継がれ、現代まで残されているのです。この太田家住宅の最大の見所は、巨大な商家の作りと造り酒屋の設備が丸ごと見れる点にあります。

これほどの規模で、江戸時代の商家が残されているのは日本でも数少なく、貴重な建築物を目の当たりにできます。敷地 面積1,375.19m²に立ち並ぶ多くの建物がすべて文化財に指定されており、現代では失われてしまった、江戸情緒がたっぷりと味わえます。

太田家住宅

太田家住宅の利用案内

所在地:広島県福山市鞆町鞆842
TEL:084-982-3553
利用時間:10:00~17:00 定休日/火曜日、(祝日の場合は翌日)12/29~1/3
観覧料:入館料/中学生以上400円(320円)、小学生200円(160円)
※()内は20人以上の団体料金
アクセス:鞆の浦観光情報センターより徒歩7分

いろは丸展示館:坂本龍馬ゆかりの沈没事故

太田家住宅の通りを進むと、登場するのが波止場ですが、この波止場前にあるのがいろは丸展示館です。いろは丸展示館は、先に坂本龍馬の隠れ家でご紹介したいろは丸沈没事件の、展示がされている博物館です。

坂本龍馬は亀山社中という貿易会社件、私設海軍(海軍の時には海援隊)を運営していましたが、船は自ら持っていませんでした。

そのため船を出資藩である薩摩藩や長州藩、土佐藩などに借りたりして運営していたのです。いろは丸も、伊予大洲藩が持つ船で、一説には銃器を買い付けるところを、龍馬にすすめられていろは丸を買わされたという話もあります。

このいろは丸を使って坂本龍馬は物資を買い付け、別の場所で売るという今でいう商社の走りを開始しますが、その矢先に起きた追突事故がいろは丸沈没事件です。ここ鞆の浦沖で、紀州藩の船、明光丸と衝突し、いろは丸は運搬した物資もろとも海中に没してしまいました。

その海難事故の詳細と、海底から引き揚げられた物資が展示されてあるのがいろは丸展示館です。展示品の中には古伊万里の茶碗や、銃器類など幅広い商品が展示されてあり、被害の大きさがうかがえます。

また、二階には坂本龍馬の隠れ家が龍馬の蝋人形とともに再現されており、桝屋清右衛門宅と合わせてみるといろは丸事件の詳細がわかります。

結局、このいろは丸沈没事件は、日本で海難事故で初となる国際法に基づく裁判となり、紀州藩側が敗訴、賠償金を支払うことが決定しました。ちなみに賠償金の額は現在の貨幣価値に換算すると25億円から42億円とされています。

またいろは丸展示館はかつての店蔵を改装してえ作られており、建物そのものも国の登録有形文化財として見応えがあります。

福山 坂本龍馬

いろは丸展示館の利用案内

所在地:広島県福山市鞆町鞆842
TEL:084-982-3553
利用時間:10:00~17:00 定休日/火曜日、(祝日の場合は翌日)12/29~1/3
観覧料:入館料/中学生以上400円(320円)、小学生200円(160円)
※()内は20人以上の団体料金

常夜燈と雁木の景色

いろは丸展示館がある場所は、ちょうどかつての鞆の浦の船着き場になります。かつての船着き場であったということを示すのが、常夜燈と、雁木です。常夜燈とは、灯籠燈ともいい、明かりをともす建造物です。

鞆の浦のシンボルともいえるこの常夜燈は、幕末の安政年間に作られた建物で、石造りの巨大なものになります。この常夜燈の役割は、一種の灯台の役割をはたしており、鞆の浦沖を航行する船が安全に航海できる為に設けられたものです。

江戸時代当時は、電気が普及し電灯の明かりが目印にもなる現代とは違い、基本的に夜は真っ暗でした。そのため航海の安全の目印ともなる存在が常夜燈でもあったのです。この常夜燈は、常夜燈としては日本一の規模であったとされます。

もう一方、ここが船着き場であったということを示すのが雁木です。雁木とは、潮の満ち引きに合わせて港に船付けするための石階段のことです。

満潮時には最上段が壁になり、干潮時には最下段が荷揚げをする場所になるといったもの。雁が飛ぶ姿に似ているということがら雁木と名づけられましたが、鞆の浦ではこの雁木の名残も見ることができます。

常夜燈

常夜燈と雁木の利用案内

いろは丸展示館の目の前の船着き場
無料

福山市鞆の浦歴史民族資料館:かつての鞆城と美しい眺め

船着き場で、鞆の浦のシンボルともいえる常夜燈や雁木を見た後は、再度北上し、小高い丘の上にある福山市鞆の浦歴史民俗資料館に行くのがおススメです。鞆の浦歴史民俗資料館は、かつての鞆の浦の居城であった鞆城があった場所です。

鞆城は、戦国時代に室町幕府最後の将軍であった足利義昭が滞在していた場所でもあります。もともとこの鞆城は南北朝時代から城郭化が進み、この地の要害として機能してきました。

戦国時代にははじめ、毛利氏の傘下にあった因島村上氏の村上吉充が領国として与えられ、その後足利義昭が毛利氏の庇護の元、ここ鞆城で鞆幕府なるものを開き、過ごしていたといいます。

その後江戸時代に入り、安芸広島49万石は福島正則の領国となりますが、その後も鞆城はこの地域の要害として発展します。この時代には、現在の鞆の浦歴史民俗資料館一体だけではなく、港がある常夜燈や、福禅寺なども鞆城の一部だったともいわれているのです。

福島正則が改易されたのちには、水野氏が福山藩主として入部し、一国一城令によって鞆城は廃城となりました。
現在は歴史民俗資料館になっていますが、周囲を囲む石垣の跡がわずかに残り、城跡であったことがうかがえます。

この鞆の浦歴史民俗資料館では、鞆の浦の歴史や、漁港としての歴史などがわかる資料展示がされています。また住吉神社付近でも見られる力石もこちらで展示されています。

鞆城

鞆の浦歴史民俗資料館の利用案内

所在地:〒720-0202広島県福山市鞆町後地536-1
TEL:084-982-1121
開館時間: 9:00~17:00 (10月~3月は16:30 まで)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始(12/28~1/3)
入館料:大人150円、高校生以下は無料
アクセス:鞆の浦観光情報センターから徒歩4分

鞆の浦ミュージアム

鞆の浦の町歩きで、出発地点の鞆の浦観光情報センターに戻る前に、最後に登場するのが鞆の浦ミュージアムです。

鞆の浦ミュージアムは築150年にも及ぶ鞆の浦の蔵を美術館に改装した観光スポットで、さまざまなアート作品が展示されている場所です。鞆の浦の町の特長は江戸時代末期からの古い建物が数多く残っているという点ですが、こちらのミュージアムでもそんな建物の歴史を感じることができます。

町歩きのついでに足を延ばしてみるといいでしょう。

鞆の浦ミュージアムの利用案内

所在地:〒720-0201 広島県福山市鞆町鞆271-1
TEL:084-970-5380
FAX:084-970-5381
アクセス:鞆の浦観光情報センターから徒歩3分

観光ルート②:平成いろは丸と、仙酔島と弁天島をまじかに

これまでは鞆の浦の町歩きをメインに観光スポットをご紹介してきましたが、もうひとつ、鞆の浦の見所、楽しみ方をご紹介しましょう。

それが、平成いろは丸で渡る仙酔島と弁天島です。いろは丸は、いろは丸展示館や、坂本龍馬の隠れ家である桝屋清右衛門宅の際にご紹介しましたが、仙酔島へ行くための船で「平成いろは丸」として再現されているのです。ここでは福禅寺対潮楼から見える景勝地の象徴、弁天島と、仙酔島をご紹介します。

弁天島

仙酔島への行き方:市営渡船場と平成いろは丸

仙酔島までは、鞆の浦市営渡船場から、平成いろは丸にのっていきます。仙水島まではおよそ5分ほどで到着します。

この平成いろは丸は、坂本龍馬が乗っていたいろは丸の形を再現したもので、実際のいろは丸よりは小さいですが、それでも全長約22メートル、19トン・定員は99人まで乗船できます。

仙酔島まで行く途中には弁財天が祭ってある弁天島も見ることができ(上陸はできません)、朝鮮半島より東でもっとも美しい場所といわれた景色を間近で見ることができます。

平成いろは丸

平成いろは丸の利用案内

所在地:〒720-0202 福山市 鞆町後地 市営渡船場
営業時間:7時10分~21時30分
片道5分、20分ごとに運航
定休日/休業日:なし
料金:往復 大人240円 小人120円
駐車場:有料駐車場隣接 32台 30分100円
アクセス:鞆の浦観光情報センターから徒歩4分

仙酔島:景色、散策、キャンプ、海水浴などレジャーが凝縮

平成いろは丸にのってわずか5分ほどで到着するのが仙酔島です。仙酔島は、その名前の通り、仙人も酔っぱらってしまうほど美しい島という意味で、古来から鞆の浦のシンボル的な島でした。

上記、福禅寺対潮楼を訪れた朝鮮通信使の従事官の李邦彦が「日東第一形勝(朝鮮より東で一番美しい景勝地の意)」と賞賛したのも仙酔島をふくめた景色です。

この仙酔島ですが、景色としてのながめだけではなく、今ではレジャー施設が集中した観光スポットとしても楽しめます。

また、明治時代以降、明治天皇から現在の今上天皇まで皇族の方が訪れるスポットでもあるのです。島には海水浴場やキャンプ場、国民宿舎をはじめ、島の沿岸を歩くことができる遊歩道も整備されており、さまざまな楽しみ方を堪能することができます。

ちなみに、仙酔島は、約9000万年前の大規模な火山の活動によって作られた島であることから、溶岩でできており、遊歩道では一般的な島の景色とは違う、独特の風景を眺めることができます。

仙酔島

観光ルート③:鞆の浦のお寺と神社巡り

鞆の浦には、町歩きのもう一つの楽しみ方として、伝統的なお寺や神社などもいくつかあります。その中でも代表的な存在が安国寺と沼名前神社です。このお寺と神社は町歩きの一環として回ってもいいですが、他の観光スポットからは少し離れているため、別途訪れてもいいでしょう。

安国寺

最初にご紹介するのが安国寺です。ここ安国寺は、1273年に創建された非常に古いお寺で、当初は金宝寺という名前でしたが、室町幕府を開いた足利尊氏によって安国寺と名づけられました。

その後、荒廃していましたが、毛利家の外交僧である安国寺恵瓊によって再興され現代にいたります。この安国寺の見所は国の重要文化財でもある釈迦堂や仏像などがあり、枯山水の庭園なども残している点です。

鞆の浦観光情報センターからは歩いて7分ほどの距離にあるため、こちらも町歩きの一つとして足を延ばしてもいいかもしれません。

安国寺

安国寺の利用案内

所在地:〒720-0202 広島県福山市鞆町後地990-1
利用時間:8:00~17:00
定休日:不定休
料金:拝観料:大人150円 学生100円
駐車場:有
TEL:(084)982-3207

沼名前神社

沼名前神社は「ぬなくまじんじゃ」と読む大綿津見命(おおわたつみのみこと)、須佐之男命(すさのおのみこと)を祀っている神社です。

この神社は実は鞆の浦の発祥ともいえる神社で、鞆の浦の“鞆”の地名が起こったのも、時の皇后、神功皇后が西国に向かった際にこの場所の霊石に公開の安全を祈ったことから始まりました。

非常に長い歴史を持ち、江戸時代初期にこの現在の場所に移られたといいます。その後福山藩の庇護のもと、再興を遂げ、現在でも祇園さんの名称で地元の人々に親しまれています。

この沼名前神社は、文化財が非常にたくさんあり、国の重要文化財に指定されている能舞台や、20個の力石、福山藩が作った石灯籠など、多数の文化財を目の当たりにすることができます。

この重要文化財の能舞台は、実は豊臣秀吉が愛用したとされる組み立て式の能舞台であり、初代福山藩主である水野勝成が、二代将軍徳川秀忠より拝領した品であるとされています。

ちなみに、福山城の城郭設備は、秀吉が築いたとされる伏見城のものを利用して作られた場所が多く、ここでも安土桃山時代の特長を持つ建築物を見ることができます。

また、沼名前神社は鞆の浦の町でも高台にあり、この町の景色を一望することができる神社です。鞆の浦を訪れる際には一度は参拝しておきたい神社です。

沼名前神社

沼名前神社の利用案内

所在地:広島県福山市鞆町後地1225
TEL:084-982-2050
FAX:084-982-2065
アクセス:鞆の浦観光情報センターから徒歩10分

まとめ

鞆の浦の観光の最大の特長は、景色と、街並みに凝縮されます。瀬戸内海の国定公園が感じられる美しい風景と、江戸時代末期から残る古い町並み、この二つを十分堪能することができるのが鞆の浦観光の特長です。

福禅寺対潮楼や、太田家住宅、仙酔島など、観光スポットとしても非常に見応えのある場所が存在しているのも大きいといえるでしょう。

また、地方の観光スポットとしては、珍しく、鞆の浦という地域に様々な観光スポットが凝縮されており、回るのもゆったりと回ることができます。半日もあれば十分堪能することができるでしょう。

福山駅からも車で30分ほど、またお隣の尾道市からも50分ほどで行けるこの景勝地はぜひおすすめです。