かつての水軍の拠点大可島城跡。鞆の浦の隠れた景観スポット円福寺

鞆の浦の魅力、瀬戸内海の絶景スポットの多さ

鞆の浦の魅力の一つが街と瀬戸内海が一体となった景色です。福山の景勝地としてまた、江戸時代には朝鮮半島よりも東で最も美しいスポットとして評価されました。そんな鞆の浦は街のいろいろな場所で美しい景色を見ることができます。鞆の浦で最大の景観スポットといえば、いろは丸沈没事件の談判場所にも使用された福禅寺対潮楼が挙げられますが、他にもいくつかの美しい見所スポットがあります。

本日ご紹介するのは、鞆の浦の隠れたもう一つの見所スポット、円福寺です。円福寺は前述のいろは丸沈没事件の一方、紀州藩側の宿泊施設として使用されました。またこの円福寺は、かつて南北朝時代からここ鞆の浦の拠点として機能し、戦国時代においては有名な村上水軍の一族の拠点として、鞆の浦の海上交通を支配する要衝でもあったのです。

ちなみに円福寺は鞆の浦の拠点であった当時は大可島城と呼ばれていました。今ではひっそりとした高台のうえに佇むお寺ですが、瀬戸内海が見渡せる隠れた景観スポットとして眺めを味わうことができます。

福山 鞆の浦 絶景スポット 大可島城跡 円福寺

大可島城跡、円福寺へのアクセス

大可島城跡円福寺は、かつての水軍の根拠地らしく、瀬戸内海に面した鞆の浦の先端に位置しています。いろは丸事件の談判場所でもあり、景観スポットとして知られる福禅寺対潮楼から徒歩でわずか2分の場所に。坂道を登った先にひっそりと佇みます。

この大可島城跡円福寺は、鞆の浦の街歩きの一スポットとして、福禅寺を訪れた足で立ち寄られるのがオススメ。ちなみにカンデオホテルズ福山から鞆の浦までは車で約20分ほどでいくことができます。駐車場も大可島城跡、円福寺のすぐ近くにあり利用できます。

大可島城跡円福寺はこちらです

弁天島や仙酔島が見渡せる隠れた絶景ポイント

大可島城跡円福寺の最大の魅力は、鞆の浦を代表する景勝である弁天島と仙酔島が見渡せるところにあります。この二つの景観スポットとしては前述の福禅寺対潮楼が有名ですが、この大可島城跡円福寺からも本堂の裏手から見ることが可能です。

円福寺は今は、かつての城跡の名残は全くといっていいほど残されておりませんが、唯一拠点の名残として感じられるのがこの眺めです。この鞆の浦の地で瀬戸内海の貿易拠点であっただけあって、海が一望することができます。またその眺めも、福禅寺対潮楼とは違う角度から眺めることができるため、船の交通状況まで見渡すことが可能だったのでしょう。

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今はお寺になっています

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実はお寺の裏から弁天島と仙酔島を望める絶景が見れます

かつての瀬戸内海の覇者村上水軍が収める鞆の浦の拠点

この大可島城跡円福寺を戦国時代に拠点としていたのは有名な村上水軍です。村上水軍は瀬戸内海の三つの島、能島、来島、因島を根拠地にしていた強大な水軍で南北朝時代から戦国時代にかけて瀬戸内海の制海権を握っていたとされています。

この円福寺も当時は、大可島城として村上水軍の一族である村上亮康の居城として鞆の浦一体の海を支配していたとされます。1600年、ちょうど関ヶ原の戦いの年に、鞆城(現在の鞆の浦歴史民俗資料館)が建設され本拠地となるに及び、円福寺として今の状態になったとされます。

その後関ヶ原の戦いで毛利家は防長二カ国に減封、この地を支配していた村上水軍も毛利家の家臣として移転し、福山の地は一国一城令で鞆城も廃城となります。

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かつての鞆の浦の居城です

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村上水軍の拠点でした

まとめ 隠れた絶景スポット

大可島城跡円福寺は、今では訪れる人もほとんどいないひっそりとした景観スポットです。福禅寺対潮楼からわずか2分の距離にあり、住宅街の坂道を登った先にありますが、本堂が僅かに残るばかりです。ただ、本堂の横に入ると突然瀬戸内海の景色が開けるため、心が洗われる感覚がします。

弁天島と仙酔島の景色は、福禅寺対潮楼の正面から見る景色とは違い、雄大な瀬戸内海が正面に登場するので、かつての海上交通の拠点としての機能が伺えます。鞆の浦の隠れた景観スポットとして、また街歩きの散策の一スポットとしてオススメです。

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