愛媛県歴史文化博物館。宇和町卯之町の歴史博物館

愛媛県歴史文化博物館。15年で150万人

町並みそのものが重要文化財であることを示す重要伝統的建造物群保存地区。愛媛県では、有名な内子町や、本日ご紹介する愛媛県歴史文化博物館がある宇和町卯之町がそれに該当します。

宇和町卯之町は、もともと江戸時代の宇和島藩の在郷町として栄えた町として知られています。また、山間部にある町ながらも、そこからは日本を代表する蘭学者ゆかりの場所として知られています。また宇和町卯之町をはじめ、内子町や大洲、宇和島など、中予地方から南予地方にかけては多くの歴史と文化が存在します。

そんな中予地方の歴史と文化の拠点ともなる存在が、愛媛県歴史文化博物館です。宇和町卯之町の重要伝統的建造物群保存地区から車で数分の場所にある博物館で、伊予と言われた愛媛県の歴史、民俗、考古に関するさまざまな展示が見れる歴史博物館です。

もともと教育普及活動を元に作られたこの博物館は、愛媛県や南予の拠点として、開館15年でなんと150万人にも及ぶ来場者が訪れる歴史文化博物館なのです。本日は宇和町卯之町の観光スポットとして、また愛媛県の歴史と文化がわかる博物館として、愛媛県歴史文化博物館をご紹介します。

愛媛県歴史博物館

愛媛県歴史文化博物館の見所

愛媛県歴史文化博物館の見所をご紹介しましょう。この博物館の特長は、大きく分けて4つのコーナーで展示が分かれています。

歴史、民俗、考古、体験の4つの展示

第一が歴史、第二が民俗、第三が考古、第四が体験です。これは歴史と民俗は切っても切り離せないことや、それを裏付ける考古と、体験することによってより一層理解することができるのです。

それによって、古い時代では、竪穴式住居の時代にはじまり、幕藩体制下の愛媛県に至るまで伊予といわれた愛媛県の歴史を余すところなく体験できるのです。

こうした歴史と民俗、更には体験が一体となった展示は、学生たちの見学にも最適となっているのです。また、のちにご紹介する宇和町卯之町の街並みの観光と合わせて訪れることで、より一層伊予の歴史と文化が堪能できるのです。

原寸大模型など圧巻の展示

愛媛県歴史文化博物館の最大の見所は、原寸大の模型による展示です。上記でご紹介したように4つのコーナーで展示が分かれていますが、原寸大で復元された場所を体感できるということで、実際に当時のリアルな場所を体感できるのです。

この手法は、大阪城の目の前にある大阪歴史博物館などでもこの手法がとられています。例えば歴史のコーナーではなんと弥生時代の竪穴式住居に始まり、平安時代から室町時代の中世の武家社会の展示、更には幕藩体制における愛媛県は八つの藩が存在していましたがこうした展示もされています。

伊予といわれた愛媛県は、もともと武家の時代には源平合戦でも活躍した河野水軍でしられる河野氏で有名です。河野氏は伊予の守護職として存在し、道後温泉の目の前にある湯築城を居城にしていました。

江戸時代の幕藩体制下では、賤ヶ岳の七本槍で有名な加藤義嘉が初代藩主で、のちに松平家(久松家)が統治した伊予松山藩や、伊達政宗の長男である伊達秀宗が藩主となった宇和島藩、加藤家6万石として小藩ながらも近代化の先をいった伊予大洲藩など、歴史的にも特長のある藩が多数存在します。

また、近現代の展示では、松山で有名な大街道の街並みを戦前の状態で再現しており、当時の建物に入ることができます。大街道はもともと松山城の城下町が発展し、全長483mの巨大な商店街です。

戦前には松山銀座ともいわれる繁華街で、当時の様子を再現した街道を目の当たりにできます。この愛媛県歴史文化博物館を見ることで、こうした各地の観光スポットがより一層楽しめることでしょう。

一方、民俗ゾーンでは愛媛の独特の文化や祭りなど実際の神輿や山車の展示などを通して知ることができます。さらには部門ゾーンでは考古学資料などの展示、体験コーナーでは学校などの団体時における体験学習コーナーとしてもその力を発揮するでしょう。

愛媛県歴史文化博物館へのアクセス

愛媛県歴史文化博物館は、宇和町卯之町の最大の見所でもある重要伝統的建造物群保存地区から車で5分ほどの場所にあります。

重要伝統的建造物群保存地区は宇和先哲記念館から開明学校までのわずか数百メートルほどの通りに広がっていますが、江戸時代から明治・大正の町並みや、宇和島藩ゆかりの蘭学者、二宮敬作や高野長英の軌跡を知ることができます。

宇和町卯之町にはまた、宇和米博物館や四国八十八箇所霊場の第四十三番目札所の明石寺などがあり、愛媛県歴史文化博物館とともに、宇和町卯之町のスポット観光として楽しめます。ちなみにカンデオホテルズ松山大街道から宇和町卯之町までは車で約1時間10分ほど。

南予地方の観光の一都市として手軽な時間ながら十分見ごたえがある観光ができます。愛媛県歴史文化博物館は大人510円、65歳以上の高齢者は260円、小中学生は無料です。

愛媛県歴史文化博物館の利用案内

所在地:〒797-8511愛媛県西予市宇和町卯之町4-11-2
開館時間:9時から17時30分
休館日:月曜日
利用料金:高校生以上510円、中学生以下無料、65歳以上260円

愛媛県歴史文化博物館の周辺観光すぽっと

愛媛県歴史文化博物館の周辺には、重要伝統的建造物群保存地区である宇和町卯之町があります。ここでは宇和町卯之町の魅力と、代表的な観光スポットをご紹介しましょう。

宇和町卯之町。宇和島藩の在郷町が見れる

愛媛県歴史文化博物館から車で5分ほどの場所にある町が宇和町卯之町です。宇和町卯之町は現在西予市に区分されていますが、もともとは宇和島藩の在郷町として存在した町です。そしてそれより前には、この地を支配していた武家である西園寺氏が戦国時代まで支配していた場所です。

西園寺氏の城下町として発展し、宇和島藩の在郷町として明治時代まで続きました。この宇和町卯之町ですが、全長数百メートルの間に、江戸時代や明治時代を彷彿とさせる街並みが残されており、昔ながらの街並みを散策することが可能です。

また、宇和島藩はわずか10万石の小藩ながらも、江戸時代を通じて教育熱心な藩として知られ、特に江戸時代後期や幕末には、蘭学の新興に力を入れていました。

江戸時代の蘭学者として有名な高野長英をかくまったり、同じくシーボルトの弟子として、その娘イネを養育した二宮敬作や、二宮敬作に呼ばれて宇和島藩で軍艦や砲台を作った大村益次郎ゆかりの地です。

宇和町卯之町

高野長英の隠れ家と二宮敬作の住居跡

宇和町卯之町には、江戸時代の蘭学者として有名な高野長英が隠れていた地としても知られています。高野長英は、長崎でシーボルトに蘭学を学んだ学者で、江戸幕府の鎖国政策を批判したことによって幕府につかまり牢屋に入れられていました。

それを脱獄し、日本各地を逃亡していたのです。そのさいに、シーボルトの門下として同窓であった宇和町卯之町に住む二宮敬作を頼って隠れていました。高野長英はその間、宇和島藩主であった伊達宗城によって、オランダの兵学書の翻訳や、大砲建設などを依頼され行っていたと言います。

しかし高野長英がこの地に隠れていた期間はわずかで、ほどなく江戸で幕府につかまりそうな際に自害して果てました。宇和町卯之町で隠れていた場所は二宮敬作の離れで、その住居跡として見ることができます。

また、二宮敬作は、シーボルトの娘であるイネを養育し、この地の町医者として過ごした人物です。優れた医者でありながら、宇和町を中心に町や村の人々の診療に生涯をささげた人物です。

宇和島藩が当時、日本ではまだ存在しなかった蒸気機関で動く黒船を作ろうとする際に、大村益次郎を推挙したことでも知られています。そんな人物の住居跡が見れます。

開明学校。四国最古の小学校

宇和町卯之町の見所の一つが、開明学校です。開明学校は四国最古の小学校として知られ、築130年以上の明治時代の小学校を目の当たりにできます。開明学校が建てられたのは明治15年、1882年で、木造2階建、桟瓦葺き洋風っぽい建築が特長です。

現在は国の重要文化財にも登録されています。この開明学校は歴史的な建物にしてはその外観だけではなく、内部まで入ることが可能で、およそ130年以上昔の小学校のつくりも見ることができるのです。

教室や机など、木造の造りで、何とも懐かしい雰囲気が漂います。また、この開明学校は、もともと江戸時代から続く寺子屋が発展したもので、すぐ隣に寺子屋であった申義堂ものぞくことができます。小学校制度が始まったのは明治時代からで、江戸時代を通して教育の中心は寺子屋でした。

武士である藩士たちは藩が作った学校である藩校で勉強しましたが、一般的な町人の子供たちは寺子屋で読み書きを習った時代です。

この申義堂は、1869年、明治2年に左氏珠山の門下生たちや町民の有志たちによって建てられた私塾で、明治2年といえばまだほぼ江戸時代だったことから、貴重な寺子屋や私塾の雰囲気がかいま見れます。こちらの申義堂は、中に入ることはできませんが、外から中の様子を除くことが出来ます。

まとめ

愛媛県歴史文化博物館は愛媛の歴史や文化をしる一大拠点として最適なスポットです。愛媛県には宇和町卯之町以外にも松山や大洲、宇和島、内子、今治、新居浜など昔ながらの歴史を残すさまざまな観光スポットが残されており、こうした愛媛県の観光を知るためには格好の歴史スポットと言えるでしょう。

特に中予から南予地方にかけては、愛媛県の歴史がたくさん詰まった観光スポットが目白押しです。宇和町卯之町が属した宇和島藩の中心である宇和島市では、宇和島城をはじめ伊達家ゆかりの観光スポットが登場します。

また、内子町では大洲藩の殖産興業として発展し、日本一の生産量を誇った木蝋の歴史や、それによって生み出された大衆娯楽の場で、現在も現役で活躍する内子座など、みる人を飽きさせません。是非南予観光の拠点としてもお使いください。