安国寺。鞆の浦に残る文化財満載のお寺

安国寺とは。福山の名勝鞆の浦に残る

福山の名勝である鞆の浦。瀬戸内海に面したこの街の最大の特長は、その独得の絶景にありますが、もう一つ町の魅力として、江戸時代からの古い町並みが残る点です。

今回ご紹介する安国寺もそんな貴重な文化財のひとつです。安国寺は、京都の安国寺が有名ですが、南北朝時代に足利幕府を築いた足利尊氏と足利直義が再興したお寺です。安国寺は、もともと創建は、鎌倉時代の1273年ですが、室町時代に再興されたのです。

足利尊氏と足利直義は兄弟で、後醍醐天皇の元鎌倉幕府を滅ぼし、その後、後醍醐天皇と対立、新田義貞や楠正成と戦い滅ぼしました。その後南朝と北朝に分かれる南北朝の動乱が起こりますが、その間、相次ぐ戦いで戦死者が多くなり、そんな戦死者を弔うために再建されたのが安国寺なのです。

この安国寺の最大の見所は、室町時代に創建された釈迦堂や内部にある木造阿弥陀三尊立像などです。特に、この文化財はかつての国宝で、現在の国の重要文化財に指定されています。更に、安国寺には日本庭園が設けられており、こうした部分も見所のひとつです。

 

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安国寺の歴史

冒頭でご紹介したように、安国寺は、鎌倉時代に創建され、室町時代に足利尊氏と足利直義によって再興されました。その後、戦国時代に入ると、鞆の浦や福山がある一体は中国の戦国大名、毛利家の支配下にはいります。そのころには安国寺は再び荒廃しており、毛利家の外交僧であった安国寺恵瓊と毛利輝元によって再興されます。

安国寺恵瓊は、もともと安芸の守護大名武田氏の出で、武田氏が滅亡後は、出家し毛利家につかえました。その後、おもに対織田家や豊臣家との外交交渉を担当した人物で、毛利家の家臣の身ながら自らも大名という身分を持つ存在です。

この安国寺恵瓊は、関ヶ原の戦いでは、毛利家を西軍に導き、自らも関ヶ原の戦いに僧侶の身ながら出陣しましたが、東軍に敗れ処刑された人物です。ちなみに、寺院内に存在する枯山水の庭園、安国寺庭園は、安国寺恵瓊が再興したと言われています。

安国寺の見所

安国寺は、それほど大きいお寺ではありませんが、見所が盛りだくさんのお寺です。多数の国の重要文化財をはじめ枯山水の庭園など、他では見ることが出来ない文化財が登場します。鞆の浦の町歩きの一スポットとしておススメです。

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800年以上残る3つの国の重要文化財

安国寺には冒頭でご紹介したとおり、多数の国の重要文化財が保存されています。ここではその代表的存在である3つの文化財、釈迦堂、木造阿弥陀三尊像、木造宝燈国師坐像をご紹介しましょう。釈迦堂は、室町時代中期に建立された建物で、唐様といわれる様式が採用された建物です。

唐様とは、和風ではなく中国風の建物で、当時では凝った作りの建築物です。実際、通常よりもかなり高額な費用が掛かったとのことで、唐様はその地域が豊かである証拠だと言われています。

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ちなみにこの釈迦堂は、太平洋戦争の空襲などでも残った存在で、室町時代からの姿がそのまま残る大変貴重なお堂です。そして内部には日本で最古の頂相彫刻であり最古の寿像とされる木造法燈国師坐像と、阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩の三尊からなる木造阿弥陀三尊立像が登場します。

この二つの像は、それぞれ鎌倉時代に作られたもので木造阿弥陀三尊立像が1274年に、木造法燈国師坐像が1275年に作られました。禅宗の様式の釈迦堂で、鎌倉時代の仏像が目の当たりにできます。

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枯山水の庭園から本堂の回廊跡まで残る

安国寺には上記でご紹介した3つの国の重要文化財以外にも多数の見所があります。その代表的な存在が枯山水の庭園です。この枯山水の庭園は、室町時代16世紀に作られました。

その後、戦国時代に安国寺恵瓊が再興する際に、この日本庭園も改造され復興されたと言われています。そうしたことからこの枯山水は、鶴亀式庭園という戦国時代に流行した形式になります。その後、この庭園は現代に入り昭和の作庭家である重森三玲によって復元されました。

重森三玲は、石組みと苔の地割りによって表現される枯山水庭園が特長的で、日本全国のお寺や神社などにその作品を残しました。そして、現在は残されていませんが、大正時代に消失してしまった本堂跡は、史跡として認定されています。

そのほかにも地蔵堂や水野多門の五輪塔、鞆の津塔、などさまざまな文化財が眠っています。まさに安国寺は文化財の宝庫と言えるでしょう。

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安国寺へのアクセスと利用案内

安国寺は鞆の浦の街歩きの一スポットとして訪れることができます。鞆の浦は周囲を瀬戸内海に囲まれた町で、江戸時代や明治時代の歴史的建築物が多数残る観光スポットです。

安国寺は町の内部にあるお寺で、鞆の浦にバスでアクセスするときに使用するともてつバスセンターから歩いて10分ほどの場所にあります。

鞆の浦へのアクセスは、車でアクセスする場合には福山の中心部から約25分ほどです。もしくはバスでアクセスすることができます。ちなみに安国寺は拝観料が大人150円 大学生100円 高校生以下無料となっております。カンデオホテルズ福山から鞆の浦までは車で約25分ほどでいくことができます。

カンデオホテルズ福山から鞆の浦までは車で約25分ほどでいくことができます。

安国寺の利用案内

所在地:広島県福山市鞆町後地990-1

TEL:084-982-3207

開門時間:8時~17時(冬期は8時30分~16時30分)

料金:大人150円 大学生100円 高校生以下無料

安国寺周辺のおススメ観光スポット

安国寺の周辺には多数のおススメ観光スポットが登場します。鞆の浦は安国寺をはじめ江戸時代から明治時代の古き良き町並みが登場します。また鞆の浦の観光スポットは安国寺をはじめいずれも近い場所にあるため、のんびりとした町歩きに最適です。ここでは安国寺からも歩いていくことが出来るおススメ観光スポットをご紹介します。

太田家住宅と雁木、常夜灯のエリア

鞆の浦の町並みで最も代表的な一体が、太田家住宅や常夜灯、雁木などがある一体です。このあたりは、江戸から明治にかけての情緒あふれる建物が多数残されている一体で、鞆の浦の最大の見所のひとつです。

ここでは太田家住宅という重要文化財に登録されている建物や、昔の港町で存在した常夜灯や雁木といった貴重な建築物も目の当たりにできます。いずれも江戸時代から残る建物であり、他では体験できない町歩きが楽しめます。

太田家

太田家住宅は、江戸時代から続く造り酒屋兼、豪商の邸宅が見れる貴重な観光スポットです。福山は福山藩の特産品として保命酒が有名ですが、太田家住宅は、もともと江戸時代に保命酒を生産するこの地の豪商で、江戸の将軍にまで献上されました。

江戸時代の豪商の邸宅は、商家としての機能と、商人の家族が生活する邸宅の機能を持っていますが、太田家では、これに造り酒屋の工場も残されており、巨大な邸宅を見ることができます。また当時の豪商の邸宅としては、家の建築の隅々までこだわりが見え、美しい日本建築も目の当たりにすることができます。

この太田家住宅の周辺には、町並みもさることながら、江戸時代の港町ならではの歴史的建築物が二つ存在します。それが常夜灯と雁木です。常夜灯はいわゆる現代の灯台の役割を果たすもので、昔の時代の航海には必須の存在です。

現代のように電気が通っておらず、夜の航海では、明かりなどの存在は陸地の場所を知らせるものとして必要でした。常夜灯はそんな江戸時代などの夜の航海の安全を保つ灯台として機能していたのです。一方、雁木も
江戸時代の港町には必須の存在です。

常夜燈

海は当たり前のことながら潮の満ち引きによって高さが変わりますが、雁木は、潮の満ち引きに応じて港に船がつけられる高さを変えてくれる存在です。それによって船から荷を下ろすのが楽になるため、昔の港町には必須の存在でした。こうした江戸時代ならではの建築物が見れるのも知之浦の特長です。

仙酔島といろは丸

鞆の浦は町歩きももちろんのことですが、船に乗ってすぐ近くに浮かぶ離島、仙酔島にもわたることができます。仙酔島は、その名前の通り、仙人も酔うほどの美しい島という意味がある島で、鞆の浦から船で数分で行くことができます。この乗船場は安国寺からも10分ほどの場所にあり、そこから平成いろは丸にのって仙酔島に渡ります。

平成いろは丸は、坂本龍馬が鞆の浦沖で追突事故によって沈めてしまった大洲藩の船籍いろは丸を小型にして復元したもので、形などは当時のいろは丸を踏襲したものです。仙酔島まではいろは丸でわずか数分で行くことができます。途中で、島に鳥居が立っている弁天島など、この地域ならではの美しい風景が楽しめます。

鞆の浦 弁天島

平成いろは丸で間近に見れます

一方仙酔島は、隠れたリゾート地という感じの島で、一歩中に入ると瀬戸内海の静かな海が広がり、海水浴やバーベキューなど、夏のレジャーが楽しめます。また仙酔島では、五色の岩場など変わった風景の散策が楽しめる遊歩道コースなどが登場し、大自然の観光が楽しめます。

まとめ

これまでご紹介してきたように鞆の浦の安国寺は、室町時代以降から続く貴重な重要文化財が登場します。釈迦堂から枯山水の庭園まで、歴史ある文化財が登場します。また、鞆の浦の町歩きの中でも少し離れた場所にあり、散策の一スポットとしても楽しめます。

この地域は、もともと戦国時代には毛利氏が勢力を伸ばしてきた地域で、この安国寺も毛利家の外交僧で自らも大名にまでなった安国寺恵瓊の力によってその勢威を誇ったと言われています。全体の区画、消失した本堂跡とそれに併設する日本庭園、豪壮な釈迦堂など、かつての雄大な姿がしのばれます。

更に、安国寺の周辺には古き良き町並みを残す鞆の浦の風景や、平成いろは丸による船の旅と、仙酔島のリゾートなどにも近く、こうした鞆の浦の観光スポットと合わせて回るとより一層旅が充実することでしょう。鞆の浦の街歩きのゴールとして、オススメのスポットです。

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