秋山兄弟生誕地と『坂の上の雲』ゆかりの地を巡る

秋山兄弟とは。小説『坂の上の雲』の主人公

文学の町として名高い愛媛県松山市。夏目漱石や正岡子規といった日本の近代文学を代表する人物を輩出しました。また、一躍松山が注目された一つのきっかけが、司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』です。「坂の上の雲」は、松山出身の三人の人物を通じて、近代化を進める明治政府と日露戦争を描いた長編作品です。

2009年から2011年にかけてはNHKでテレビドラマ化もされ、更に注目が集まった作品です。この「坂の上の雲」の主人公に選ばれたのが、3人の松山出身の人物で、一人が冒頭でご紹介した正岡子規、そして残る二人が、本日ご紹介する秋山兄弟生誕地で生まれ育った秋山兄弟です。

秋山兄弟は兄は秋山好古、弟は秋山真之といって、日露戦争を軍人として戦いました。兄の秋山好古は、騎兵を率いて、当時最強といわれたロシアのコサック騎兵と戦った人物とされ“日本騎兵の父”ともいわれた人物です。

一方、弟の秋山真之は帝国海軍の軍人として、日本海海戦に臨み、東郷平八郎の元、バルチック艦隊を打ち破った参謀として知られます。司馬遼太郎の小説は、この二人を通して日露戦争を描くとともに、日本で初めての近代国家がどのように成り立ち、そこに参画する人物たちがどのような人々であったのかを描き出しました。

秋山兄弟生誕地はそんなファンも多い司馬遼太郎の長編小説にゆかりの観光スポットなのです。特に、これまでの歴史小説とは違い、時代が明治時代ということもあって、当時の写真なども残されていることから、身近に感じられる場所なのではないでしょうか。

また、生誕地ではあるのですが、兄の秋山好古は晩年はこの場所で過ごしつつ、中学校(現在の愛媛県立松山北高校)の校長先生を務め通ったり、道後温泉に通ったというエピソードも残される場所でもあるのです。

本日は周辺の坂の上の雲ゆかりの場所とともに、秋山兄弟生誕地をご紹介します。

秋山兄弟生誕地

秋山兄弟生誕地の見所

秋山兄弟生誕地は、松山の中心市街地の中にあります。松山の中心部は、松山城がある大街道周辺ですが、秋山兄弟生誕地は、この大街道から松山城へと続くロープウェイ街道の路地裏にあるのです。

ここでは、秋山好古の銅像をはじめ、復元された新しい邸宅、秋山好古や秋山真之の写真展示が多数見ることができます。

また、ここでは邸宅を案内してくれるボランティアの方もおり、小説『坂の上の雲』などでは知ることができない、秋山兄弟のエピソードなども聞かせてくれます。

晩年を過ごした秋山好古。知られざるエピソードも

もともと秋山家は松山藩久松家につかえる武士で、足軽よりも一階級上の下級武士でした。それが明治維新によって版籍奉還が起こり、貧しかったことから兄弟で給料が出る軍人になったのです。

冒頭でもご紹介した通り兄好古は陸軍、弟真之は海軍にはいり日露戦争を戦いましたが、兄、秋山好古は大正13年、1924年に陸軍大将の身ながら私立北予中学校、現在の愛媛県立松山北高校の校長先生として赴任します。

その後亡くなる1930年までこの秋山兄弟生誕地に住み、徒歩で学校に通っていたとか。また道後温泉にも昼から入浴に行っていたともいわれています。

道後温泉は歴史上の多くの人物たちが入浴していたという記録も残されていますが、当然秋山好古も通っていたでしょう。

また、秋山好古は大の酒好きですが、よく天気のいい日には毎日学校から帰ってくると庭でお酒を飲みながら、近所の小さい子供たちにも優しかったという話が伝えられています。

秋山兄弟生誕地

邸内は復元され新しくなっています

秋山兄弟生誕地

兄好古が晩年を過ごした場所でも。写真とともに残ります

秋山兄弟生誕地

校長先生時代ですね

秋山兄弟の様々な一面を知れる写真展示

秋山兄弟生誕地のもう一つの見所は、秋山兄弟のさまざまな写真が見れるという点です。特にここでは一般的に有名な軍人の服装をした兄弟の写真以外に、若かりし頃の写真や、校長先生時代に過ごした老年期の写真など、知られざる秋山兄弟の一面に写真を通して触れることができるのです。

特に秋山好古の写真では、陸軍騎兵の少尉だった21歳から24歳の若いころの写真と、晩年、子供や孫たちなど多くの家族に囲まれた写真など、軍人としてだけではない意外な一面を目の当たりにすることができます。

秋山兄弟生誕地

こちらは若かりしころの写真です

秋山兄弟生誕地

弟真之の写真も

秋山兄弟生誕地

テレビドラマで演じた俳優のサインも

秋山兄弟生誕地

多くのご家族に囲まれた写真です

リアルな秋山兄弟二人の銅像も

秋山兄弟生誕地では二人のリアルな銅像も展示されています。秋山好古は日本騎兵の父らしく馬にまたがった姿で、弟真之はサーベルを両手で杖代わりに持っている上半身の銅像です。

この二つの銅像は残された写真や、子孫の証言をもとに可能な限り本人たちに近い形に作られているとのことで、リアルな秋山兄弟の雰囲気を知ることができるでしょう。

ちなみに、小説『坂の上の雲』によると、真之は兄好古を尊敬し頭が上がらなかったらしく、この銅像では好古が真之を見守り、真之が好古を尊敬の目を向けるように配置されてあるとのことです。

秋山兄弟生誕地

日本騎兵の父、秋山好古の銅像が出迎えてくれます

秋山兄弟生誕地

こちらは弟の名参謀秋山真之の銅像です

常磐会柔道場で秋山兄弟の書も見れる

秋山兄弟生誕地の隣には現在柔道場があり、その内部にも兄弟の書が掲げられています。この柔道場も実は秋山兄弟にゆかりのもので、旧松山藩士の師弟を育成する団体、常磐会が元になっている道場で、常磐同郷会道場として今も運営されています。

柔道や合気道の稽古が行われ、秋山兄弟の心気を現した書画の元、多くの人が修練に励んでいます。

秋山兄弟生誕地

隣の建物は常磐会の柔道場としていまも使われています

秋山兄弟生誕地

柔道場です

秋山兄弟生誕地

内部には秋山兄弟の書が

秋山兄弟生誕地の利用案内

住所:松山市歩行町2-3-6

電話番号:089-943-2747(公益財団法人 常盤同郷会)

営業時間:10:00~17:00(入館16:30まで)

定休日:月曜日(祝日および振替休日の場合は翌日)/年末年始(12/29~1/3)

駐車場:なし/

料金:大人300円/高校生以下無料/大人(20名以上)250円

秋山兄弟生誕地へのアクセス

秋山兄弟生誕地は、松山城ロープウェーに向かうロープウェー街から一本路地に入った場所にあります。

もともと秋山家は明治維新を迎えるまでは、伊予松山藩の下級武士として久松家に使えていました。そのためこのあたり一帯はかつての松山城の城下町であり、その一つとして、現在も残されているのです。

アクセスは大街道の駅から松山城方面に向かってロープウェー街を進み、すぐの場所にあり、歩いてわずか3分ほどの場所です。カンデオホテルズ松山大街道も大街道駅前にあるので、手軽に歩いていくことができます。

松山のホテルではぜひ、カンデオホテルズ松山大街道をご利用ください。

秋山兄弟生誕地はこちらです

 

坂の上の雲ミュージアムにも近い

秋山兄弟生誕地はロープウェイ街道の路地裏にあるため、松山城に行く途中で寄るのもいいですが、すぐ近くにある坂の上の雲ミュージアムとセットで回ると、より一層観光が充実するでしょう。

坂の上の雲ミュージアムはその名前の通り、冒頭でもご紹介した司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』を中心に、松山の歴史そのものも紹介するミュージアムで、有名建築家安藤忠雄が設計した博物館としても有名です。

坂の上の雲ミュージアムは、秋山兄弟生誕地から歩いてわずか3分ほど。ぜひ一緒に訪れてみましょう。

松山城周辺 観光 おすすめルート司馬遼太郎の小説坂の上の雲と、松山観光が分かるミュージアムです。

松山城周辺 観光 おすすめルート

有名な建築家、安藤忠雄の設計によるものです。

坂の上の雲ミュージアムの見所

坂の上の雲ミュージアムは、小説『坂の上の雲』を軸にしながら、松山全体を紹介するミュージアムです。そこでは、『坂の上の雲』の主人公である秋山好古、秋山真之、正岡子規を中心としたさまざまな写真展示を見ることができます。

その構造は特殊な構造をしており、2階からスタートし、らせん状に回りながら4階まで見るという作りになっています。

スタートである2階では小説『坂の上の雲』や明治時代に関する書籍が閲覧することができるライブラリースペース、イベントホールなどがあります。日露戦争と明治政府の近代化といった小説に関する世界が展示されているのは3階からで、さまざまな展示品やギャラリーで見ることができます。

最上階の4階では、「坂の上の雲」の主人公である3人、秋山兄弟と正岡子規に関するエピソードや関係資料が展示されています。また、、坂の上の雲ミュージアムにはコンセプトがあり、松山市全体を「屋根のない博物館」に見立てることで、自らがその案内的な存在になる、といった役割もあるのです。

松山観光をする前に、坂の上の雲ミュージアムの展示施設を巡り予備知識を仕入れ、各スポットに行ってみるという使い方もいいかもしれません。松山 観光スポット 坂の上の雲ミュージアム 松山 観光スポット 坂の上の雲ミュージアム 松山 観光スポット 坂の上の雲ミュージアム

坂の上の雲ミュージアムの利用案内 

〒790-0001 愛媛県松山市一番町三丁目20番地

電話:089-915-2600

休館日:月曜日(祝日・振替休日の場合は翌日)

開館時間:9:00~18:30(入館は18:00まで)

観覧料一般:400円、高校生 200円、中学生以下 無料

駐車場:なし

萬翠荘。秋山兄弟の主家、久松家ゆかりの別邸

もう一か所、秋山兄弟生誕地とセットで見たいゆかりの場所が、萬翠荘です。萬翠荘は、江戸時代に秋山兄弟の主家であり、松山城の城主でもあった久松家が明治時代に建てた別邸で、坂の上の雲ミュージアムの隣にあります。

この萬翠荘は、明治時代に建てられた貴重な洋館として、現在では国の重要文化財にも指定されているスポットなのです。ぜひこちらもおすすめスポットなので足を延ばしてみましょう。

萬翠荘は、戦前には迎賓館として使用され、皇族の方々の専用滞在場所としても使用された歴史を持ちます。中に入って見学することができますので、ぜひ、秋山兄弟の主家であった久松家の別邸は見ておきましょう。松山 観光スポット 萬翠荘 松山 観光スポット 萬翠荘 松山 観光スポット 萬翠荘 松山 観光スポット 萬翠荘

萬翠荘の利用案内

所在地:〒790-0001 愛媛県松山市一番町3-3-7(アクセスマップ)

電話番号:089-921-3711

開館時間:9:00~18:00

※ただし、イベントにより変更となる場合がございます。

休館日:月曜日(祝日は開館いたします)

駐車場:約40台

観覧料:外観・1階は、無料。2階は、通常企画展大人300円、小人・小中学生・高校生100円、未就学児無料

まとめ

秋山兄弟は小説『坂の上の雲』で一躍有名になりましたが、ここ松山では、この二人の兄弟とそしてもう一人の主人公であった正岡子規に関するゆかりのスポットがあるだけではなく、町全体に、なんとなく当時の雰囲気が残されていることを感じられることでしょう。

特に、秋山兄弟生誕地では、実際の復元された屋敷もそうですが、秋山好古が現在も残る高校に歩いて通っていたり道後温泉に入りに行っていたりと、歴史ではなく彼らの“生活”が息づいているのが感じられます。

ぜひ松山観光のスポットとして秋山兄弟生誕地を訪れることをお勧めします。

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